紙ヒコーキ

年下攻め若干多めのBL小説サイトです。毎週日・火・木曜日更新です。現在は大学生モノを連載中ですが、今後は軍事モノにも手を出す予定・・・。耽美な雰囲気と文章力向上をめざし日々精進です。

サイト移転のご報告

 

こんにちは、yukinoでございます。

先日アナウンスさせていただきましたように、当サイトは移転いたします。

新しいサイトが完成いたしましたので、皆様にご報告差し上げます。


URL【http://twinklestars1102.wix.com/kamihiko-ki

 

上記からアクセスしてくださいませ。
大変恐縮ながら、もしもブクマしてくださっていた方がいらっしゃいましたら、
新しいサイトの方でお願いいたします。
こちらのブログもしばらくは残しておくつもりですが、
いつ消してしまうかわかりませんので…。

新しい方ではフレイムの最終話をアップしておきました。
最後を迎えられて本当にしあわせだとおもいます。
ぜひ、彼らの最後を見守ってあげてください。

では、新しいサイトでお待ちしておりますね。

 

あとがき

 

話の更新を楽しみにしてくださっていた方がいらっしゃいましたら、大変申し訳ございません。yukinoでございます。

今回は今まで書いてきた短編、中編のあとがきを掲載したいと思います。
このブログは作者が二人おりますし、それぞれがどんな思いでひとつずつの作品を書いているのか、
恥ずかしながら少し語らせていただきました。
次回の更新は未完成ダイアリーかフレイムの続きを予定しております。
ここ最近、更新が不定期だったので、できれば日曜日までにあげたいと思っております…!
ではまず、chaiのあとがきからご覧くださいませ!

◆chai あとがき

 Rick's Daily 003

yukinoの話を受けて、この愛すべきワンコと二人が出会うところを書こうと思ったんですよね。二人の恋心はきっとこのワンコの成長とともに大きくなってきたんだろうと勝手に思って、好きに妄想を広げさせてもらいました。

自分が書いたものを見返すと、もうつたない文章ばかりでリズムも悪いし文の切り方もとんでもなく下手だとは思いますけれどもう公開してしまったので修正はしません。笑

エヴァンはきっとクライヴの部下の中でもっとも彼に従順で、真面目で…真夏の炎天下での訓練にも弱音も愚痴も言わないようなストイックな男性だと思うのです。でも、そのよく鍛えられた肉体の内側にはとても優しい心を持っている。しっかり者で責任感が強く、いつもチームを冷静な目で見てキャプテンであるクライヴの補佐をしているんでしょうね。 

逆にクライヴはちょっとメンタルが弱そう(笑)と思っていたので、豪雨と荒れ狂う河川を見て激しく動揺しキャプテンなのに本部に連絡も入れずエヴァンのもとへ駆けつけているっていう…(笑)その間も被害妄想が半端じゃないんですよね、水死体で見つかったらどうしようとか、縁起でもないことを考えています。

エヴァンが泳ぎを不得手としていたことをクライヴが思い出して余計にぞっとするっていうのをどうしてもやりたかったので、やらせてもらいました。なんかそのほうが愛を感じるじゃないですか(笑)

 

そして私、年下の部下が上司のことを「あなた」と呼ぶのが大好物なので今後もちょくちょく登場すると思います。なんか、「あなた」っていいですよね。特別な響きがあるような気がいたします。

 

永遠があるならこんな形だろう

これは単に女性を絡ませたかっただけというか…(笑)

きっとコリンは女性にモテるんでしょうね。自分に好意を持ってくれている女性に対して今まではケジメを付けることができなかったけれど、ようやくきっちり「もう会わない」と伝えることができたという部分を書きたかったんですよね。

やっぱり同性同士の恋愛ってこう、お互いの「異性に対する無関心」を信じられないところってきっとあるんじゃないかなと思っていて。勿論二人がもう心底お互いのことをよくわかっている状況であればそんな疑惑は生まれないでしょうけど、すべてのカップルが果たしてそういう安堵を手に入れているかと言われればそうでもないんじゃないかと(笑)

コリンとフレッドの場合は、付き合っている年月が短いかお互いに今まで脅かす女性の存在がなくてその問題と向き合ってこなかったという感じなんじゃないでしょうかね…。


◆yukino あとがき


Rick's Daily 001,002

最初からわんこ視点で書きたいというのは決まっていたので、あとはどうやって犬っぽさを出すかを考えました。
あまり難しいことは言えませんし、リックの日記みたいなつもりで書きたかったので日本語的に見て「ん?」となるものもあったかと思います。それがリックらしさと伝わるか「作者馬鹿だな~」と伝わるか、そこが気がかりでしたね。
最初、リックはエヴァンに拾われたからエヴァン贔屓ということにしてしまおうかと思ったのですが、そこはリックの可愛らしさを出すためにあえてどちらとものことを大好きなわんこにしました。イメージは茶色のゴールデンレトリーバー
元々わたしが1,2話を書いていて、それで終わりのつもりだったのですが、それを読んだchaiがなれそめ?というか拾ったシーンを書いてくれたのでそのまま繋げてしまいました。感謝ですね、こうして繋げてくれたのには。
2話は結構わたしの書けるギリギリの描写だったりします。そのままモロに名称を出したり、行為を示す動詞をあまり書きたくなかったんですよね。そうすると陳腐さが出てしまうのではないかと不安で。もちろん一般論ではなく、わたしが書くと、という意味ですよ?ま、エヴァン君ふつうに言っちゃってますけどね!
というわけで、まあドSなエヴァンとそれに翻弄され(男を寄せ付けやすい)クライヴという図を書きたかったってだけなんです。

 

セカンドラウンド

ザ・蛇の生殺し!
若くて元気だし物足りない!派のシリルと、一回たっぷり愛し合えばいいじゃない派のダグラス。この蛇の生殺しにされて1人悶々とする男の子って可愛くないですか!
で、恥ずかしさのあまりプロレス技決めちゃうお転婆さんなんですね~ダグラスは。
なんかもう、読み返してみても「ああ、はいはいお幸せに」となるだけですねこれに関しては。


美しい棘

デイヴはクラークが好きだし、本当は奪いたいとも思っているけれど、そうはしない紳士。
そしてクラークは人としてデイヴが好きだから隙を見せたり、デュークのことを惚気たりする。
…ねえ待って、名前つけてくれたのchaiなんですけど、わたしこの名前なんかどれもピンとこないんですけど!名前変えてもいいかなぁ?(笑)

※本当に変えちゃいました!デイブ⇒エリック、クラーク⇒グレン、デューク⇒レオンになりました~!

とにかく酷い男のことを好きだと信じ込んでいる男のことを好きな健気な男を書きたかった。男ばかりでくどいですよね、わかります

恋人同士の関係性って本当にたくさんあると思うので、
もちろん「生産性のある行動をともにできる」関係が心地がいいっていうカップルもいるだろうし、
逆に「何もしないでいられるくらい気楽」な関係じゃないと胃もたれ?するという人たちもいると思います。
だから一概にどちらが正しいとかではないんですよね。
本人たちに合った過ごし方ができていれば、その一緒にいる時間はかけがえのないものですから。
これは短編にしてはかなり長くなっていたので、じつは2つに分けようかと思ったのですが、
ただでさえダラダラしてるのになぜ分けて長引かせる必要があろうか、いや、ない、と思いまして。
でも書きたいことはいくつかあったんです。
まず、さっきも書いたように「本当は奪いたいと思っているけれど、本人の心が動かないとどうしようもないとわかっている男」ですね。これは結構現実でもあるんじゃないかなと。本人は相当のジレンマだと思いますが、私はこういう気遣いを併せ持った愛情って、とても大事だと思うので。
そして二つ目は「付き合っている事実がほしくて、相手が好き放題やっていても何も言えない(何も言えないというのは我慢しているわけではなく、無自覚で)」という状況。
これは結構特殊かな、と思ったのですが実際憧れの人とかと付き合うと誰でもこうなっちゃうのかもしれないなと思っています。
三つ目は「心身ともに疲れた愛しい人を目の前に、かいがいしく世話を焼く部下」です。これはただの萌え衝動です。
たぶん自分でも「愛とは何ぞ」とか「恋人とは何ぞ」とかを考えてしまって、
色々考えたものを詰め込んだらこうなったという感じでしょうかね…。

 


さて、フレイムと未完成ダイアリーについては後々ゆっくり語るとしますね。
今回こうしてあとがきを書いたのにはわけがあります。
もちろん自分の覚書や、自分の萌えを共感していただきたいという思いも強く!ありましたが、
このあとがきをほとんど書き終えた後、移転を検討しています。
すでに、サイト自体は出来ているのですぐにお披露目できるかと思います~!
今回移転を決めたのは、見に来ていただけている読者様に不便な思いをさせているからというのが一番でした。
やっぱり小説とかはブログ形式だと見づらいですよね。
最新話が一番上に来てしまうのでどうしても最初から読むときに不便で。
それで色々タグを試してみたりはしたのですがどうも難しく。
またサイトが移転しましたらこちらでお知らせさせていただくのでその際はぜひ何卒よろしくお願い致します。

美しい棘

 


秋も深まり冬の音が微かに聞こえてくるこの頃は、どうしても人恋しくなる。
久しぶりに取れた連休をこの日のために死守して、お洒落好きなレオンと並ぶために少し服を買い揃えるためにそのうちの一日を当てた。だが一人では心細く、センスがないのを知っていたから部下であり良き相談相手でもあるエリックを誘った。エリックは快くOKしてくれ、さっそく二人で買い物に繰り出している。

「秋物はいいですね、落ち着いた色合いが多いし他の季節には着られないような色のものばかりだ」
「そうだな。今日はお前のセンスだけが頼りだからな。40手前の男に似合う服を選んでくれよ」
「わかってますよ」

案の定、流行に疎いグレンにでもわかるような小洒落た服装でエリックが現れたときは本当に呼んで良かったと思ったものだ。グレンと違ってすらっと細身な彼はモデルのようにどんな服も着こなすのだろう。レオンに劣らずセンスはあると思う。それでもレオンには出来ない服の相談をすんなりできるのはやっぱり気取る必要がないからなのだろう。

「上下一式揃えるってことでいいんですよね?」
「ああ。頼むよ」
「じゃあ靴から探していきましょう」

そういうとエリックはエスカレーターの方を指差した。

「靴から?」
「ええ。靴は服ほどいくつも買えませんから、靴を決めてから服を選んでいけばミスマッチも減らせます」
「…そうか。じゃあ靴だな」

あっさり納得してついてきてしまうグレンにエリックは笑みを濃くしながらシューズショップの並んだエリアへと向かった。

「レオンさんはどんな服装をすることが多いんですか?」
「うーん…どうだったかな、…」
「たとえば暗い色と明るい色じゃどちらが多いです?」
「そう言われると暗い色のものが多いかな…」
「そうですか、例えばジャケットが多いとか、細身のパンツが多いとか、そういう傾向はありませんか?」

そう問われて一生懸命グレンはレオンの服装を思い出す。いつも緊張してしまっているからかなかなか思い出すことが出来ない。それからようやくいつも部屋に来たらジャケットを脱いでから近づいてくるのを思い出した。

「ああ、そうだな、ジャケットは多い。革だったりジーンズ生地だったり色々だけど…」
「ああなるほど、なんとなくイメージはつきました。でもあのレオンさんと並ぶとなると、これはかなり気合い入れて選ばないとダメですね。レオンさんはかっこいいですから」

その言葉に、グレンは自分の欲目ではなく、他の男にもそう見えていることにささやかな喜びを感じた。それでも素直に、エリックのこととかっこいいと思う。

「いやいやエリックもかっこいいよ。モデルみたいにスリムだし、人懐っこい笑顔が誰にでも好かれるように見える」
「おだててもなにも出ませんよ」
「いや本当にそう思ってる」
「恐縮です」

そんな会話をしながらエリックお気に入りというシューズのセレクトショップへついた。エリックは迷いなくセレクトショップの奥まで行ってしまった。それをグレンが追いかけて着くまでに、もういくつか目星をつけてしまったようだ。グレンに向かって候補のシューズを指差して笑った。

「オレ、以前ここに来たとき、絶対これあなたに似合うなって思ってたんです」
「かっこいいなこの靴」
「でしょう」

少し誇らしげにエリックが笑う。自分のサイズを探して試着していると革のにおいがして質の良いものだと確信できる。

「色もこれでいいんじゃないかと思います。あとは履き心地ですが、…どうですか?」
「うん、履きやすいし歩きやすいよ」
「よかった!…あ、でも他になにか欲しいものがあればもう少し見てみてください。何もここだけじゃないし」

エリックがグレンに気を遣う。グレンはいつも自分を一番に気遣ってくれるエリックに感謝した。その優しく気遣いのできる性格なら、ガールフレンドの一人や二人いるだろう。大事な休日を自分のために使わせてしまったことは、いまも少し気にかかっている。

「いや、ありがとう。これを買うよ。俺も一目見て気に入った」
「嬉しいです」

そのあとも色んな店を回ってはエリックのオススメを買ったり、二人であれがいいこれがいいと言いながら選んだりした。昼過ぎに集合したものの、時間はいつの間にか19時前。外は暗く一層寒くなっていた。

「エリック、この後の予定は?」
「特にありません」
「じゃあ飯でも行かないか?今日は散々付き合ってもらったし、少し高いものでもご馳走するくらいはできる」
「いいえ、これはオレがあなたと買い物をしたくて付き合ったんです。オレはとても楽しかったし、もしあなたが気遣いからディナーに誘ってくれているなら、オレは断らなきゃいけない」

そう言うとエリックはグレンを試すように見た。そう言われては、グレンはもうお手上げするしかない。

「わかったよ。じゃあ気のあう友人としてディナーに誘わせてくれ」
「ありがとうございます」

エリックは何かを隠すように笑ってグレンの誘いを承諾した。

「なにか食べたいものはありますか?」
「うーん、おいしいワインが飲みたいな」
「ならオススメの店があるんですが、そこでもいいですか?」
「ああ」

仕事仲間としてご飯を食べに行くときも、エリックはいつもいい店をチョイスしてくれるから店選びは完全に任せていた。自分から誘ったくせに情けないと思ったのは彼の申し出に頷いた後だ。

「あなたはウィスキーが好きなイメージだったので、ワインのお店を選ぶとは思ってませんでしたけどね。念のためチェックしておいてよかった」
「いつも悪いな」
「いいえ、これくらい」

なんの躊躇いも迷いもなくエリックについていく。イルミネーションの光が目に鮮やかに映った。レオンと歩くときは猫背になってないか、レオンの隣を歩いていてかっこ悪くないか気にしすぎて気にしたことがなかったかもしれない。

しばらく二人黙ったままイルミネーションの中を歩いた。そして木造の一軒家のような小料理店へ。エリックに扉を開けてもらい中に入る。二人で分けられるようにいくつか料理と好きなワインを選んで落ち着いたとき、ふいにエリックと視線がぶつかる。

「レオンさんとはいつもどんな風に過ごされてるんです?」

エリックが屈託無く聞いてくる。そう言われて思い返してみるが、レオンはいつも何かしら読んだり身体を鍛えていたりしているだけで、グレンがいるからといって部屋での過ごし方を変えている様子はない。グレンがいようがいなかろうが、彼のよく言う「生産的な時間の過ごし方」を遂行するのだ。だからこの質問には、こう答えるしかない。

「うーん、…俺自身生産的なことは何もしてないな」
「非生産的なことを楽しめるのが恋人同士じゃないですか」

グレンははっと顔を上げる。レオンの隣にいるためには常に生産性を気にしなくてはならなかった。超多忙なコンサルタントとして、無駄な時間は一切必要ないとすら思っているレオンは仕事のためなら危険もおかすし、女性とも遊び、お洒落にお金を使うことも忘れない。その過ごし方がレオンらしいと言えばそうだし、憧れに似た感情で彼を好きになったのは否めないが心の奥の何処かでは恋人といても行動パターンや生活範囲を変えないのが寂しくもあったのかもしれない。酔いが回ってきたようで、思考がネガティブな方向へ向かう。

「…レオンは、いつも生産的な過ごし方をしたいと願っている」
「それも素敵ですが、…あなたはどう思ってるんです?そのレオンさんのいう生産的な過ごし方で、あなたはきちんと幸せを感じてますか?」

心の奥で、それは違うと叫ぶ声がする。
でもそれを口にしてしまうと封じていた思いが溢れてしまいそうで口を重く閉ざして違う言葉を探した。

「…それには即答出来ないな」

それでも確かに、レオンに見つめられれば胸は高鳴るし、抱かれているときはこれ以上幸福なんてないと思う。だから幸せじゃないと言ったら嘘だろう。だが、エリックの真っ直ぐ見つめる瞳にどうして素直に頷けないのだろう。

「…話を変えましょう。なんでレオンさんのこと、好きになったんです?」
「うーん、何度か会っているうちに、理由はなく好きになっていったんだと思う」
「レオンさんへの第一印象は?」
「…造りのいい顔だと思った。あんな男が世界を股にかけてるなんて、天は二物を与えずというのは嘘だと思ったよ」

グレンがそういうとエリックはそうですね、とだけ言ってワインを飲んだ。まるでこの話の口直しをしているようで、グレンはなんとなくもやが残る。エリックが言いたいことを我慢しているのが嫌でも伝わってきた。

それからすぐに料理が来て、その話はそこで終わってしまった。食事中は、食前の気まずさも忘れ、自分たちのプロジェクトのこと、新人のこと、今後の会社のこと、共通の話を話し尽くしたあとはそれぞれの趣味や嗜好について話した。どんな話をしても受け止め、何かしらの反応を返してくれるエリックは、まるでレオンとは正反対だ。

レオンは知らないことは知らないと一刀両断だし、グレンが何に興味を持とうが自分の興味の及ぶ範疇に無いものには全く関心を示さない。
少しずつ、エリックとレオンを比較するようになっていた自分に気付いてグレンは頭を振った。

「大丈夫ですか?」
「…ああ、少し酔ったみたいだ」
「もうそろそろやめておきましょう。少し飲み過ぎたみたいですね」

そういうと店員を呼んで水を頼んでくれた。頭の奥で、レオンが自分を呼ぶ声がする。それでも目の前には心配そうな表情のエリックがいて、グレンは目を閉じた。どう考えてもレオンのことが好きだと思うのに、どうしてこうも、不安になるのだろう。レオンが本当に自分のことを愛しているのか、わからなくなり出した。

いや、それはいまに始まったことじゃないのかもしれないとさえ思う。

「本当に大丈夫ですか?トイレ行きます?」
「…すまない」

辛うじて答え、立ち上がった。それを見てすばやくエリックも立ち上がり、トイレまでエスコートしてくれる。その支えてくれる手がレオンだったらよかったのにと思うのに、そんなことをレオンがするわけがないとも思う。

トイレで胃の中のものを吐き出したあと、便座に座り茫然とするグレンの足元でエリックが必死に床を拭いたりグレンにうがいを勧めたりする。そのすべてはグレンのことを思うがゆえで、グレンの心は一層苦しくなった。

「グレン、いまレオンさんはどうしてますか?」

エリックが少しの焦燥で聞いてくる。今日は夜、女友達のバースデーパーティに行っているはずだ。

「パーティに、いってる」
「すいません、携帯貸してください」

グレンはもはや回らない頭でポケットに目配せをする。エリックはその意味を解し失礼します、と小さく断ってからポケットの端末を取り出した。そしてどこかへ電話をかける。

「クソ、留守電だ…!」

そんなこと、なにも不思議ではない。いつも留守電で、電話に出たのだって一度や二度数える程だ。

「グレン、すいません。オレはいまから、あなたに恋人を裏切らせてしまうかもしれない」
「どういうことだ…」
「…オレに家まで送らせて下さい。そして、あなたが眠りにつき明日、きちんと目覚めるのをオレは見守りたい。急性アルコール中毒かもしれないし、オレはあなたが心配なんです」

真剣にこちらを見つめる視線は、グレンに何も考えるすきを与えなかった。

「少しは落ち着きましたか?」
「…ああ」

エリックがタクシーを拾い、家に着いてすぐさまベッドに寝かされた。部屋にかすかに残るレオンの香水をかいでまた少し戻してからいまに至る。グレンはどうしようもなく不安だった。大好きなはずのレオンのことを思い出してはどうしようもない気持ちに襲われる。

「…エリック」
「はい?」
「…俺はどうしたんだろう…レオンのこと、好きなはずなのに、…あいつのこと考えると、苦しくてどうしようもない気持ちに襲われるんだ…ときどきあいつの前で話をするとき、手足や唇が、震えることがある…」

グレンはそういいながら涙を落とした。知らないうちにレオンの隣に肩を並べることが、こんなにも心に重荷になっていたのかもしれない。

「…だったら、無理しなくてもいいんですよ。あなたは自分を騙し過ぎたのかもしれない。…オレでよければ、いつでも頼って下さい。ね?」

エリックはすこし迷って、結局心を打ち明けることはしなくなった。打ち明けたらきっと、グレンは相談相手をなくす。いまの状態のグレンには、自分は相談相手としていた方が精神衛生上いいだろうと思ったのだ。

「…ありがとう、エリック」
「オレの胸でよければいつでも貸しますから」

くだけた言い方にグレンが少しだけ笑った。本当は今にでも奪いたいと思う。けれどまだ、レオンへの思いに勝てる気がしない。

「いいえ。オレはあなたのそばにいますから」

少しくらいなら許されるだろう。エリックはグレンの頭を撫でて笑った。

 

 

【2-6】君が大人になる前に

 

”リゲル1、こちらいま着地。ターゲットへ向かいます”
ザザ、という無線のノイズが耳に障る。

「キャプテン、ヴィンスさんたち着地したようです、オレたちもそろそろ」

ウィルが輸送機内の後部座席から声をかけてきた。レイフはパイロットであるバイロンに目配せをする。空軍からの付き合いは伊達じゃない。バイロンは何も言わず頷き、着地地点を探すためレーダーに触れた。

「それにしても、ここのところ多いですね」
「ああ」
「地図に落としてみても場所も定まらないし、規模は小さい。愚弄されてる気分になります。何かの陽動と考えるのが妥当でしょうか」

ウィルは顔をしかめた。
今週はキャプテン補佐であるデールが非番で休みのため、キャプテン補佐の代理としてレグルス2をウィルが率いることになる。このようなことはこれが初めてだがレイフはウィルの実力を信じているし、何より入隊して9ヶ月、ここのところしっかりと強い眼差しで日々の訓練に勤しみ着実に精神的な強さも身につけてきたのを知っている。
そして、入隊した頃よりも笑顔が増えているのがわかる。冗談で場を盛り上げるようなタイプではないが、その豊かな感性とユーモア、高い協調性で今やすっかりチームに馴染んでくれているようだ。
ウィルが人格者で良かったと思う。そうでなければチームを率いらせるのに対して他の隊員から不満が出かねない。誰もがウィルの努力と人柄を信頼しているからこそ安心してチームを任せられる。
しばらくレイフとの距離を取り、エリオットやヴィンスと親交を深めているようだが、日々の成長ぶりを見ているとそれだけでレイフは満足だった。自分の引き抜いてきたのが正解だとわかったこと、そして単純に世界の安全に寄与してくれるメンバーが増えたことが嬉しかった。

「そうだな、そうかもしれん。とにかく今は目の前のことに集中しよう、それを考えるのは帰ってからだ」
「わかりました。着地の準備をします」

後部に待機している隊員たちに声をかけに行ったようだ。ウィルがコックピットから出て行く。

「レグルス2はどこで降ろす」
「そうですね、この先に空きテナントばかりのビルがあるから、そこはどうでしょうか」
「わかった」

バイロンが静かにうなずく。

「それにしても、アレは逞しくたくましくなったな」
「ええ。そのうち俺の席を譲るつもりです」
「アレが許すか」
「すぐには無理でしょうが、わかってくれるはずです」
「それなら俺が許しちゃいかんな。お前には俺より長く務めてもらわんと」

バイロンの声は重厚で耳の奥まで染み渡る。
かつては空軍で隊長と隊員の関係に合った二人。バイロンの操縦技術は当時の空軍の誰をも凌いでいて、右に出る者はいなかった。
そして戦闘能力の秀でたレイフはバイロンに説得され、戦闘に特化した特殊部隊へ移る。そこで現在のT-SATからのオファーを受けたのだった。

「いいえ、俺はあなたに長く生きていただきたい」
「俺みたいな老いぼれは早く死んだ方が世間様のためだ」
「そういうことを軽々しく言わないでください」
「ハハハ。俺は死なんさ。誰かのように無茶はせんからな」
「俺だってあいつらを一人前にするまでは死ねませんよ」

当時T-SATはまだ軍隊としての機能は弱く、レイフが移籍してすぐにパイロットだけを集めた特殊チームを創設するという話が持ち上がった。
まだ本国-このトロイアにしかない生物兵器対策組織にとっては守る世界が広すぎたのだ。
隊員に操縦桿を握らせては戦闘時使い物にならないということも多々あった。
そこでレイフはバイロンに頭を下げ、このT-SATへの移籍をお願いしたのだ。

「それも遠い未来じゃなさそうだがな。まあ、身体が持つだけ続けろ」
「あなたにそう言われちゃ断れません」
「俺より先に死ぬな、これも命令だ」
「わかってますよ、あなたもね」

部隊チーム全体の総隊長であるレイフが率いるレグルスは、部隊の中枢となる戦闘用チームで、その補佐がエリオットの属するアンタレス、隊長はアボオット。
そして索敵・救護の役割を担うのがヴィンス率いるリゲル、そしてその補佐兼衛生部隊であり多くの新人が最初に配属されるのがミラ。
それぞれレグルスとリゲルは6名、アンタレスが4名、ミラは5名の隊員で構成されており、それぞれが2チームに別れて行動することが多い。ミラのキャプテンでもあり訓練生にとっては教官でもあるユリシーズはエリオットの古い親友である。

「キャプテン、こちらの準備は整いました」

背後からウィルが呼ぶ。

「わかった。じゃあバイロンさん、お願いします」

バイロンは再び着陸ポイントを見定めるためレーダーに視線をやった。その間にレイフもコックピットを出て隊員の元へ向かう。
みなレイフの顔を見て、引き締まった表情になった。

「レグルス2、油断するな。お前たちの実力は信じているが、戦場では実力ではないところも試される。…だから迷ったら逃げていい。勿論俺たちの任務はテロの鎮圧だが、それをお前達が死ぬ理由にしてはならない。絶対にだ」

みな深く頷き、レイフの瞳を見た。ウィルは隣で一人、レイフと同様これから率いる隊員たちの顔を一人ひとり見つめていく。

「じゃあ、合流地点で落ち合おう。ウィル、頼んだぞ」
「ハイ」
レイフはウィルの肩をポンとたたく。それに応えるようにしてウィルが頷いたところで、ちょうど輸送機が停止した。

「ポイント3でリゲル1と合流だ。距離としては長くないが、一時も油断はするな」

レグルス2の隊員がすべて降り、最後に残ったウィルがロープを握る。その背中にレイフは投げかけた。

「任せたぞ」
「ええ」
「それでは、ターゲットポイントで落ちあいましょう。待ってます」

レイフの返事を聞くより先に、ウィルは颯爽とロープで降っていった。

 

 

 

「思ったよりヤツらいないな」
「ええ。もう全て移動してしまったんでしょうか?」

部隊の先輩にあたるラッセルがウィルに問いかけて首をかしげた。しかし銃を構えて慎重に進む姿勢は変えない。トールもウィルとラッセルに並んで眼光鋭く前を見据えている。

「とりあえず、侵攻しましょう。ここらのクリーチャーたちを一掃しながら進むのが任務です」
「ああ」
「ターゲットまでは?」
「約1700mです。名前はヨゲルステーションビル、ターゲットが発生源となり半径2キロ圏内にクリーチャーが広がったと聞いていましたが…」

まだそこらに生活感が残っている。
だが音もほとんどない、ところどころで発生している火災の炎が柱やカーテンを燃やす音がするだけだ。

「発生時刻は?」
「今からおよそ7時間前」
「やけに足の速いクリーチャーたちじゃねえか」
「ええ。妙ですね…。発生したタイミングでは発生源から一挙して押し寄せてきたと連絡が入っていたのですが…」
「一挙して?そりゃ妙じゃねえか?ゾンビみてえなヒト型奴らか?」
「ええ。…確かにゾンビタイプなら自意識のなさから分散したり歩みが遅くなるのが通常です」

妙な空気感に支配され、三人の歩みが止まる。ウィルの胸が騒ぐ。この妙な静けさが教えるのはなんだ?

「とりあえず進みましょう。ポイント3でリゲル1と落ちあい、そのままターゲットまで移動します」
「ああ」

トールは言葉で、ラッセルは目で頷く。
三人は歩調を合わせ先に見える巨大なビルに向けて侵攻した。

 

 


"こちらヴィンス、レイフ隊長、そろそろレグレス2との合流地点に近いはずですが、交信が途絶えている状態です。何か心当たりは?"
「途絶えている?現在地を教えてくれ」

機内に入ってきたリゲルチーム隊長からの通信に、レイフは耳を疑う。

"現在はポイント6のローズネクストビルの前です"
「そこから合流ポイントまでは約300mか…。バイロンさん、レグレス2の足取りをたどれますか?」

バイロンはレーダーの画面を操作し、レグレス2の進行履歴を参照する。

「現在地点はポイント4の手前だ。しかしここ15分ほど、動きは見られない」
"戦闘中でしょうか"
「いや、わからん。ただこのあたりの敵は作戦で行くとすでにアンタレス2から殲滅したと聞いていたが…」
"一旦合流ポイントを無視して進んでみます。合流出来次第、ターゲットへ向かうので問題ないでしょうか"
「ああ、俺も向かおう。そのまま侵攻を続けてくれ」
"はい、確かに"

通信が途絶えるのと同時にレイフは助手席を立った。

「ポイント4に降ろしてやる。あと5分もしないうちにつくぞ」
「ありがとうございます。サムに声をかけてきます」

バイロンはコックピットを出ていくレイフの背中をガラスの反射で見送った。

 

 

【2-5】君が大人になる前に

 

ウィルがT-SATに来た秋から一年が経った。
レイフはデスクに向かいながらウィルの最新の成績情報をパソコンで眺めながら思う。
いつからか、ウィルは達観した風な様子になった。それはレイフだけがそう感じているのか、それとも周りもそう思っているのか、定かではない。
ここ半年ほどは狙撃の訓練をエリオットに任せてやらせていたこともあって、関わることが少なかったというのもある。
部隊での演習でも新しくミラチームに入った新人の育成がメインだったし、ここ数ヶ月はずっと医療チームと合同で進めていたプロジェクトのせいでなかなかウィルの訓練を見ることが出来なかった。エリオットからの報告は受けていたし、たまに出動したときに着実に腕を上げているのはみていたから気にしていなかったのだろう。

この一年の間に、彼を変容させる大きな何かがあったことは間違いなかった。
改めてこんなことを考えたのは、司令部からウィルの様子を聞かれたからだ。
アンタレスチームのキャプテン補佐が長期入院の必要な病で床に伏せ、代わりの人材を探したいというのが主な目的だった。そこでウィルの名前が挙がった。
T-SATは完全に実力主義だ。実力さえあれば年齢や在籍年数は関係ない。レグルスでは一隊員として動いているが、その優秀な成績や部隊の若返りを図る意図もあって、リゲルチームのキャプテン補佐にウィルという選択肢が生まれたようだ。

「ウィル、ちょっとこの後時間あるか?」

ロッカールームで一人靴を磨いているウィルに声をかけた。ロッカールームには他にメンバーはいない。訓練も終わって少し経つから当然だろう。しかも今日はオフ前日だ。

「ええ」

こんな風に、いつのまにか落ち着いた様子で答えるようになった。

「最近、なんかあったか?」

あの日もそう、オフが開けたその日にレイフのところへきて謝ってきた。あのときは司令部の上部と話し合いが混戦で苛立っていたからレイフの方から当たったのを謝ろうとしたのに先に頭を下げられてしまった。生意気な口をきいて本当にすいませんでした、とみんなの前で頭を下げたのにはこちらが面食らってしまったほどだ。

「いえ、特には」

ウィルの空気が一瞬だけ変わった。だがそれもすぐに引っ込めて、にこりと武装笑顔で笑って見せる。

「…そうか。このあと、ちょっと飯でも食いながら話そうか」
「わかりました。エリオットさんに教えてもらった肉のうまい店、予約とってみます」
「あ、ああ、ありがとう」
「もう終会は終わったんです?」

訓練終わりに各部隊のキャプテンが集まって一日の反省をする会議のことを終会と呼んでいる。

「それは終わった。あとは着替えるだけだ」
「なら下に車出して待ってますね」

そういうとさらりとレイフの横をすり抜けてロッカールームを出て行ってしまった。
無音のロッカールームに一人だけ取り残されて、レイフは心許なさを感じる。いままでウィルはあんなのだっただろうか?もっとやんちゃで、自分の思ったことはすべてぶつけてきて、精一杯背伸びをして…そんな男じゃなかったか。いまみたいに余裕があって、言われるより先に店を提案して予約を取ってしまうような男だったはずがなかった。
それが悪いとは言わない。ただ、いつもこちらに伸ばされていた手が、もうこちらに伸ばされることがないのだと思うと酷く虚しくなるのだった。

「遅くなって悪かった」
「いえ、退屈してません」

途中でオズウェルに話しかけられ、断ることもできず少し立ち話をしてしまった。車に凭れて本を読んでいたウィルは、さっと本をしまってドアを開けた。レイフはその様子に慣れなくて戸惑ってしまう。促されるまま助手席に乗り込んだ。

「ここから20分くらいかかりますが、いいですか?」
「ああ、大丈夫だ。時間はたっぷりある」

ウィルは運転席に乗り込んでエンジンをかけ、シートベルトを締めた。

「明日オフですからね。なにか聴きたい曲ありますか?」
「あ、いや、お前の趣味でいい」

そういうとウィルが小さく息を吐いてから曲のセレクトにかかった。流れ出したのはガラに似合わずクラッシック。

「こういうのが好きなのか?」
「ええ。ある人の影響で聴くようになりました。その人はオペラのが好きだったので

対抗するつもりで聴いてたんですが、そのうちに好きになりまして」

「…そうか。昔のロックしか聴かない俺には縁遠い話だな」

なんとなくぎこちない空気が漂う。
ウィルはそれに気づいていないのか、はたまた気づいていて気づかないふりをしているのか。

それからはあまり会話もなく店に着いた。

「飲んでいいですよ、お酒」
「いや、お前が飲めないのに悪い」

エリオットに聞いたという店はなかなか落ち着いたしっとりとした小料理屋だった。
テーブルはぬくもりを感じる木目で、ひかれたテーブルクロスも手で縫ったものらしい。

「車でなくても飲みませんよ。アルコールは得意ではありません」
「…なら、少しだけ頂くよ」

正直素面でこんなウィルと向き合える気がしなかった。
メニューを見ているウィルの伏せた瞼に大人の色香が漂う。

「決まりました?」
「シチューにするよ」

最初に白ワインを頼もう。そしてそれを飲んでから本題に入るのが最良だろう。店員に注文を告げるウィルを見つめながらレイフはそんなことを考えていた。

「それで。オレに話があるのでしょう?隊長」

グラスの底に残った白ワインを煽ったタイミングで、見計らったようにウィルが尋ねて来た。レイフは意を決して切り出す。

「その、…まあ最近お前の成績が伸びてるから、それで任せたいことなんかもあってだな…」
「ミハエルさんの代わりですか?」
「…あ、ああ。まあ、単刀直入にいうと、そうだな…」
「もし他に希望者がいなかったら、オレにやらせてください」

レイフが言葉をどれだけ濁しても、澄んだ声でいつもはっきり告げられる。

「…わかった」

いまやウィルは、”レイフに引き抜かれた元陸軍”ではない。”T-SATのエーススナイパー”と呼ばれるほどに成長した。エリオットと並んでエーススナイパーの名を語れる唯一の人間だ。勿論司令部から言ってきたことだ、NOとは言われないだろう。

「決定はいつです?」
「…遅くても来週末だ」
「…そうですか。隊長、少しばかり腹を割って話しませんか?オレがリゲルに行ってしまう前に」
それは驕りや傲慢ではない、自分の実力をしっかりとわかっているのだろう。だからこそ、このことがさっき、決定事項になったことも理解しているのだ。

「そうだな、たまにはそういうのも良さそうだ」

正直何を話していいのかわからない。このときばかりは向かいで飄々と水を飲むウィルを恨めしく思った。

「…最近、あなたと話すことがなかったからいつかこんな機会があればいいと思ってました」

あなたなんて呼ばれたことは今までなかった。ずっといままで、ウィルが変わり続けてきたそばにいられなかった自分が嫌になる。このウィルの変容は幸せなことが原因ではないように思えたからだ。

「じゃあ少しオレの話を聞いてください。ちょうど一年くらい前ですね。オレがあなたと初めて衝突したのは。あのときは本当に未熟で、いま思い出しても恥ずかしい限りです。オレがあなたを再び心から慕うようになったのは、この間の事件の時からです」

そんな切り口で始まったのは、三か月前の事件のことだった。

月の見える夜は

アダムといるときの月はより一層綺麗に見える。本当に苦しい毎日の闘いの中でも、こんな夜を過ごせるなら長く続いてもいいと思えるのだ。
そよ風に草木が揺れ、乾いた音が二人を包んだ。
「いい夜ですね」
「…そうだな」
二人は夜間警備に当たっていた。部隊の仲間が休むこのキャンプを守るのが任務だ。この辺りは紛争の頻発地域である。しかしこのところは少し落ち着きを取り戻していて、今夜は空に曇りもない。

「お前と夜間警備に当たる日はなかなか気持ちいい夜ばかりだ」

アダムは真っ暗な地平線を眺めながら笑った。その横顔をエリスは盗み見る。

「不思議だ、実はオレもそう思っていました。この間、副隊長と夜間警備に当たったときは土砂降りだし組織が動いて皆を叩き起こさなければならなかったので最悪でしたよ」

エリスが笑ってそう言うとアダムも面白そうに目を細めた。

「あいつは運が悪いのかもな。夜、叩き起こされるときはだいたいあいつの時なんだよ」

部隊の仲間はすっかり眠ったようだ。さっきまで聞こえていた話し声は止み、中には鼾をかいている男もいるようだ。屈強な男たちが集い、小さなキャンプで身を寄せて眠る。エリスは、そんな仲間の姿をいとしく思うのだった。

「……エリス」

アダムの声がエリスの鼓膜を揺らす。しっとりとした、優しい声色だった。

「はい、隊長」

エリスは従順に返事をした。
風が柔らかく吹いている。肌に心地よい冷ややかさだ。

「お前は、いつまで俺のそばにいてくれるんだろうな」

アダムは振り返り、エリスの目を見つめた。エリスはその瞳を真っ直ぐに見つめ返す。

「隊長、愚問です」

エリスが告げるとアダムは片眉を上げた。体育会系のこの部隊長は少々鈍いところがある。一言で人の話を読み切るのが苦手なようだった。

「オレはあなたが泣いて嫌がってもついていきます、どこまでも」

アダムが表情を崩した。泣いているようにも笑っているようにも見える。

「一緒の墓に入ることになりそうだがいいか」

遠くで狼が鳴いている。夜も深くなってきた。
エリスは深く頷く。

「二人じゃちょっと狭いかもしれませんが我慢してくださいね」

アダムが笑うとエリスもつられて笑った。アダムとの何気ない会話一つ一つが全て愛おしい。アダムがふと、エリスに背中を向けた。その向こうに広がる空は濃紺で、幾千の星が散らばっている。

「エリス、その言葉、決して忘れてくれるなよ」

エリスは頷く。アダムには見えていないが伝わっているだろう。
アダムのその背中を見て思う。今までどんな気持ちでこの部隊を率いてきたのだろうと。多くの仲間が彼の目の前で死んだ。きっとエリスと同じように、一生ついていくと言いながら志半ばに息絶えた者も多いのだろう。
だから彼はいつも言うのだ。
ーーー誰一人、置き去りにはしない、と。
エリスはそのアダムの背中にそっと触れた。いつもより背中が小さく見える。筋骨隆々としていて逞しく、誰もが憧れるその背中が。

「隊長」

エリスは不意に泣きそうになった。彼にもこうして不安定な、孤独な気持ちになることがあるのだと今ではわかる。その度に彼は一人で枕を濡らしたのだろうか。それとも。

「なんで泣いているんだ」

アダムの優しい声が降ってくる。頭を右腕で抱えられ、エリスは背中に触れた手にぎゅっと力を入れた。

「あなたの代わりに泣いてあげているんです」

どうせこの人は一人で泣けないのだ。自分のために泣けない男なのだ。ならば少しは自分が肩代わりしても文句を言われる筋合いはないだろう。

「……そうか」

アダムはエリスを抱える腕に力を込めた。そして、自分自身も目線を落とした。

「……お前だけは、本当にそばにいてくれそうだな」

そうだ、そうに決まっている。エリスは絞り出せもしない声の代わりに何度も深く頷いて見せた。喉に熱いものが上り詰めてくる。

「ありがとう」

その震える声に、余計に涙が込み上げた。心の底から強く思う、彼を、彼の心を守らねばならない。深く傷付いて癒えることも難しいこの心を、これ以上避けようのない嘘で傷付けぬように。

 

【13】フレイム 2003.10.24 -Craig side-

 

"率直に言うと、気持ちの整理がついていないときのほうが楽だった。
落ち着いて自分の余計な気持ちを片付けてみると、こんなにもピアーズが恋しい。"

久しぶりに日記を綴ろうと思ってしまったのは、きっと報われない恋の副作用だ。
クレイグはソファに腰掛けて、ハードカバーの日記を手に取った。

 

ドイツでの新生活は思ったより刺激がなくて、宙を漂っているような感覚だった。
勿論学問にはうってつけの環境で、仲間たちと切磋琢磨しながら毎日勉強する日々を楽しいと感じていなかったかどうかと聞かれれば「楽しい」という感情のほうが近いのだろう。
知識を欲するままに得られるし、身体を動かしたければ二三人ピックアップしてバスケットコートに走ることもできる。

「クレイグ、今日の授業終わり一緒に研究室行こうぜ」

古い友人であるカスパルが手を上げてクレイグを誘う。
授業の始まる鐘は2分後に鳴ろうと控えていた。

「ああ、勿論」

幼い頃祖母がドイツに連れてきてくれた際に、父親の友人と言う男と会うことがあった。
その男の息子がカスパルで、ドイツに渡るたび、どのような形でかは会っていたし、よく遊んだ。
カスパルは真面目な学生だったが、女は絶やさない男だった。その端正な作りの顔と、言葉たくみに女性の気持ちを煽れるトークスキルが、彼を彼たらしめている。まるでその存在自体が恋のために生まれてきたようだ。1人と付き合う期間は短いけれど、その間は骨まで愛して終わればとことん燃え尽きる。失恋の後はしばらく家から出ないこともあるしい。
けれどそんな彼がまた恋をしようと思うのは、やっぱり愛がないと生きていけないと思うからだと、いつかの夜バーで語ってくれた。

 

"『人間は愛がないと生きていけない』という命題が成り立つのであれば、
もう俺は人間としての死を迎えたことになるのだろう。"

 

「もうお前がこっちに来て半年も経つのか」
「そうだな。季節も春から秋に変わった」
「オレの愛する女性も二人変わった」
「いつか背後から刺されそうだな」
「そんなことないさ、みんな幸せだったって言ってくれる」

銀杏並木の下を並んで歩く。風が吹くと散ってくる銀杏を少しよけながら。
広大なキャンパスでは多くの学生たちが自転車を使用している。
クレイグもカスパルも例外でなく、二人は駐輪所へ向かっていた。

「オレ、相手のことを上手に、器用に愛する自信はないけど、一途にまっすぐ愛せる自信だけはあるんだ」
「もう少し器用さを身に付けた方がいい」
「その言葉、そっくりそのままお前に返すよ。高校の頃から聞いてた例の相手に思いを伝えずに来ちまうなんてさ。オレだったら帰ってくるまで待ってて、って約束して毎日でも電話するね」

赤いコンパクトな自転車のカゴにボストンバッグを載せながら、カスパルが答えた。
クレイグも隣の黒い自転車にまたがる。

「俺は不器用なんじゃなくて臆病なんだよ」
「どっちも似たようなもんさ」

ドイツの秋は元いた国より寒い。もうマフラーが必要なのだ。
だからこうしていても、人恋しくなるのだろう。

 

"この日記を読み返す時には、もう笑い話にできるようになっていればいい。
こんなにも苦しい気持ちを、いつまでも抱えていたくない。
毎日片方の肺だけを使って呼吸しているみたいだ。"

 

「でも、お前のはちょっと違うな。お前の臆病は優しさからくる臆病だ。自分可愛さからじゃない。だから余計、手に負えないのかもな」

 

"本当は、思春期だけの特別な感情だと思っていた。
未来への不安や、異性に対する感情の芽生えなどから手近にいて親しい友人に対する好意を愛情と勘違いすることはよくある。
だから高校を卒業し、安定した大学生活を送ればこの感情は消えていくものだと思っていた。
それなのに、もう五年もこの思いを捨てられないでいる"

 

次の教室は学内で最北にある研究棟。
風に吹きさらされる研究棟は冬期の研究期間泊まり込むとひどく冷えるという。
まだそれを経験したことが無いクレイグは、それに内心怯えた。
ここの冬は寒い。冬の学会でドイツに連れられるのは親の都合の中でも最も苦痛だった。
ずっと寒い地方で育ってきたけれど、寒いのは嫌いだ。
寒さは悲しみを背負う人の心に悪魔を巣食わせる。

「そんなことないさ。人を傷つけるのが怖いだけで」
「いや、そこじゃない。その優しさじゃなくて、んー、なんだろうな、お前の写真にもそれが滲み出てる。グランマから愛情をたっぷり注がれて育ったんだなと思ったよ」

ドイツ人の幼馴染が笑う。
クレイグは笑えなかった。いつかピアーズにも、似たようなことを言われたことがある。

 

"住所を書かないのはただの強がりと妙な期待を捨てるためだった。
もしかしたら、ピアーズならいつかドイツまで会いに来てくれるかもしれないと思った。
しかしそれは、いまの俺にとって自我を失う瞬間はそのときくらいしかないと思えるほど、ある意味で恐ろしいことだった。
ピアーズがいま目の前にあらわれたら、何をするかわからない。
膝から崩れ落ちて泣くかもしれないし、あるいはその体を強く抱きしめるかもしれない。
でも、俺たちの関係は『友人』だ。
会わない方がいい。この恋は、ドイツに捨てていくつもりだ。
次向こうに戻るときは、せめてあいつにも俺にも、恋人が出来ているといいのだが。"

 

研究棟のエントランス付近に通用門がある。
そこを出ると一般道に出て、近くの噴水公園を抜けると郵便局が位置している。
いつもそこからピアーズ宛の手紙を送っていた。

カスパル、悪い先行ってて」
「また手紙か?」
「ああ」

クレイグは自転車を降りてそのまま通用門に向かった。
細い道は、すべて落ち葉で埋まっている。

「付き合うさ。たまにはいいだろ」

カスパルが駆けてきて隣に並んだ。
木枯らしが二人のコートを揺らす。
噴水公園は住民の憩いの場となっており、今日もそれなりの人でにぎわっているらしい。
中央に位置する噴水からは一時間に一回、大きな噴水が上がる。
公園の中に足を踏み入れると、その噴水が大きく上がったのが遠目でもわかった。

 

"この気持ちを忘れることができるのは、きっと死ぬ時だと思う。
未来の自分に一言言えるのであれば、こう言いたい。
俺はこの恋に落ちて、本当に幸せだった。
苦しいことも、切ない気持ちも、まるごと含めて幸せだと思うのは、
後生これきりしかないだろう。"

 

「ありがとう」

公園からは子どもたちの遊ぶ声が聞こえる。
クレイグはそれを優しい表情で聞いていた。