夜にひかれて 002 -Brent side-
「あのさ、ブレント」
後ろから急に声を掛けられて、自分でも情けないくらい肩が震えた。ゆっくり振り返ると、オレが待ち焦がれていた顔。
「…キャプテン、びっくりしましたよ」
「ああすまない」
キャプテンは少し気難しい顔をしていた。まあ、それはそうだろう。
きっとこないだの返事をくれようとしている。
「どうしました?」
出来るだけその警戒心を解こうと微笑んだ。キャプテンはそんなオレの顔を見て、ようやく少し口角を上げる。
「あのさ、今晩、だいじょうぶか?」
覚悟はしていたけれど、いざこうして誘われるとすごくドキドキするものだ。返事を聞きたいけど、聞いてしまうのは怖い。
それに、いまのキャプテンの表情からしていい知らせではなさそうだった。でも、ここで逃げていては仕方ない。
「…わかりました、じゃあ今日仕事が終わるの待っています」
「ありがとう」
オレが笑うとキャプテンも笑う。単純な人だ。
「あと、今日は他のチームとの演習だけど、チームは行けそうか?」
「一人、昨日の予行で怪我をしました。ただそれでも互角に闘えるとは思います。まあ今の時期仕方のないことですが…暑さでかなり体力を持って行かれてるようです。でもそれは向こうも同じですしモチベーションは悪くないので実力的にはいけるかと思います」
「…怪我をしたのは誰だ?」
「マックスです。敵チームとの折衝で肩を傷めたようで。昨日医務室に様子を見に行きましたが、数日経過を見て問題なければ復帰できるようです」
「そうか、わかった」
キャプテンは誰かが怪我をすると必ず見舞いに行く。チームメイトのことを、心の底から思っているのだろう。
キャプテンは硬い表情で俺の肩をポン、と叩くと部屋を出て行った。
「……ブレント?」
「どうしたんだぼさっとして。珍しいな」
「さてはお前とキャプテン、なんかあったろ?」
相変わらずアレックスは鋭い。炎天下でグランドに陽炎が揺らめいている。
「さっきからお互いチラチラ見ちゃってさ」
「え?マジかよ!なんかあったのか!」
「……いや、今日夜呼び出されてさ」
「へえ!とうとう来たかこの日が」
「明日のお前の顔つきで結果がわかるな」
アレックスとダニエルにからかわれる。でも、二人ともその目つきから心配してくれてるのがわかって心が和んだ。
「まあ、どうなってもお前が好きになった相手だ。悪いふうにはしないさ」
「そうだよ、ダリウスキャプテンだしな。安心してぶつかってこいよ」
ダニエルとアレックスに励まされ、残り3時間の訓練に身を入れる。そう、きっとキャプテンならどんな結果であれ悪いようにはしないはずだ。今後もお互いのポジションを守りつつ、そして戦場では絆を強めつついけるだろう。だが、それで困るのはオレの気持ちだった。気持ちがついていかなかったらどうしよう、もしダメならすぐに忘れたい。でも、キャプテンに優しくされたら忘れられなさそうでそれも怖い。
夕方の訓練も無事終わり、オレはアレックスやダニエルと共にシャワールームへ入った。汗を流すチームメイトと軽く挨拶を交わてはいるものの、予定の時刻が近づいてきて心臓は潰れそうなくらいだ。
「キャプテンの汗の匂いステキ~!…って感じ?」
「…相変わらず、呆れるくらいのバカだなお前」
「だってさっき汗だくのキャプテンとすれ違ったろ」
ダニエルが茶化す。こういうところも好きだ。オレがあからさまに緊張でガクガクなのを、コイツなりにほぐそうとしてくれているのだろう。
「ああんもうっ!ダリウスにいますぐ抱かれたいっ!とか?」
アレックスが後ろから俺の肩を掴んで揺さぶる。ああ、コイツ元々こんなキャラじゃなかったのに。すごいいい奴かもしれない。
「…キャプテンは、オレが抱きたいから却下」
「あーッ、そう来たかー」
オレも、昨日のダニエルが言ってたキャプテンがドMっぽいって話はあながち間違ってはいないと思う。
二人で話しているとき、時々見せる表情がなんか可愛いし。
「あと1時間でキャプテン来ちゃうっ!それまでに準備しなきゃっ!」
「あっ、やっぱりまだダメ!どうしても…どうしても息子が元気になっちゃうゥ!」
「…お前らさ、オレをどういうキャラにしたいんだよ…?」
アレックスとダニエルの馬鹿げた会話を聞いていると鼓動が落ち着いた。二人に真水のシャワーをかけるとはしゃぎながらやり返してくる。
「ブレント!このっ!くらえ!」
「真水とかマジかよ!いくら夏でもこりゃないぜ!」
シャワールームのつくりは荒くて、仕切りなんてない。広いタイル貼りの浴室にシャワーノズルがポツポツと取り付けられただけだ。ドアも古くて音が響く。
3人で遊んでいると、シャワールームを開ける音がした。気がつけば周りには誰もいない。
びっくりして皆で振り返ると、そこにはオレら以上にびっくりした顔で立ち尽くす両チームのキャプテン。
「……あっ、お疲れ様です!」
ダニエルがなんとか絞り出す。オレとアレックスもそれに続いた。
「お疲れ様です!」
一瞬キャプテンと目が合った。心臓がはち切れそうなくらいドキドキしている。オレらの馬鹿げた会話はどこまで聞こえていたのだろうか。穴があったら入りたい気分だ。
「お疲れ様」
キャプテンはクソ真面目な顔で返事をしてくる。
先に奥のサウナ室にでもいたのだろう。気まずい空気に押し流されてそのままシャワールームを後にする。
「……聞こえてたかな、オレらの会話」
アレックスがポツリとつぶやいた。
「マジごめんな」
ダニエルもシュンとしている。別にオレは二人を責める気はない。
「そんなの気にしてないさ。聞こえていようがいまいが今日の結果に変わりはないだろうし」
二人は上目遣いでこっちを見て、オレが笑うと二人も笑った。アレックスとダニエルがしょんぼりした姿は見たくない。
二人の肩を軽くたたいて頭から冷や水を浴びた。
「さ、準備してオレもそろそろ車の用意をしなきゃいけない」
キャプテンたちが出て行ったのを見計らってシャワールームを出、鏡に向かって髪を乾かしているとダニエルの楽しそうな声が聞こえてきた。
「おいブレント見ろよ!アレックスの奴!デケェ!」
「やめろよ!俺の息子を茶化すなよ!」
ダニエルが鏡に映る自分達の姿を利用してアレックスの股間を指差す。
「こりゃ女も満足だな!」
ダニエルが無邪気に笑う。小学生かよ、というツッコミは置いておいてとりあえず笑っておく。
「本当だデケェ!そりゃ女もたまんねえな!」
こんなふざけた会話をしながらオレたちの1日は過ぎて行く。勿論、戦場に行けば違うけど、ここまであけすけに物を言い合える友人がいるのは頼もしい。
「今日はブレントどんな格好で行くんだよ」
「いいよなー、お前はオシャレのセンスがあってよ。俺なんて何着ても同じに見える」
「それはダニエルに見る目がないだけだろ。別に普通の格好だよ」
ダニエルを適当に蹴飛ばしておいて、Vネックの薄手のシャツを着た。その上から紺色のジャケットを羽織る。前に二人で飲みに行ったとき、オレが細身のパンツを履いているのをみてキャプテンが似合っていると褒めてくれた。だから今日も、細身のパンツで行くことにする。
「よっ、イケメン!」
蹴飛ばされて倒れたままの姿でダニエルが笑う。本当にとことん馬鹿なやつだ。
「そろそろいい時間じゃねえか。行ってこいよ」
「ああ、そうする」
キャプテンはまだ上がって来ないようだが、早めに車を取りに行って待っていよう。駐車場までも少し歩く。寮の前にでもつけておけば楽になるはずだ。
「行ってらっしゃい」
「健闘を祈るぜ」
二人に見送られながら外へ出た。