紙ヒコーキ

年下攻め若干多めのBL小説サイトです。毎週日・火・木曜日更新です。現在は大学生モノを連載中ですが、今後は軍事モノにも手を出す予定・・・。耽美な雰囲気と文章力向上をめざし日々精進です。

【2-1】君が大人になる前に

 ※「アイデンティティーを刻む」の続きです

 

 

「今日からトロイア支部、レグルスに所属されることになったウィルフレッドだ。自己紹介を、ウィル」
「ハイ。元陸軍特殊部隊第一小隊所属、本日からS-STAトロイア支部レグルスに入隊しましたウィルフレッド・ブラッドバーンです。宜しくお願いします!」

レグルス、アンタレス、リゲル、ミラのメンバーたちが歓迎の拍手をくれる。その中には合同演習で世話になったエリオットの姿もあった。みんなが心からウィルを歓迎してくれているのを感じて、ウィルの表情にほぐれた笑いが浮かぶ。

「いいですね、最近レグルスには若いのが入らなかったから」
「そうだな」

声をかけて来たのはエリオットだった。他のメンバーも笑いながらそれを聞いている。

「しばらくは訓練生と一緒に訓練をさせる。S-SATのやり方を学んでもらわなくちゃな」
「ハイ」

レイフに言われ、ウィルに少し緊張が走る。同じ年代の訓練生たちだ。引けを取るわけにはいかないが、自信はなかった。S-SATというチームの特殊性をよく知っている。

「じゃあ、次は司令本部に挨拶に行こうか。訓練中すまないな」
「自分が引き抜いたからって、みんなに自慢して歩くんだろ?」
「それじゃ孫が可愛い親父さんじゃねえか」

レグルスのキャプテン代理、デールとそのサポートを務めるサムが笑う。その発言には思わずレイフも苦笑いを漏らした。

「とにかく、司令部に行ってくるからオペレーション頼むな」
「はいはーい」

和気あいあいとしたムードの中、ウィルは一人耐えず緊張していた。朝この制服を着るのも手が震えた程だ。

「じゃ、行くか」
「ハイ」

レイフに見抜かれたのか、肩をぽんと叩かれた。司令部に向かう廊下は長い。

「この辺りと3階より上は医療チームの研究室になってる。まぁ大学病院と研究所がくっついたようなものだと思ってくれればいい。で、あの角を曲がると司令部の要であるバックアップチームと、庶務を行うサポートチームがある」
「広いですね、覚えられるかな」
「そのうち慣れるさ。慣れるまでは誰かに連れて行ってもらえ。みんな気のいいやつだ」

ウィルは辺りを見渡しながらひとつひとつを目に焼き付けた。ここで生活をするこの先を想像しては胸の中が光で溢れるような高揚感に満たされる。

「おお、ベックフォード隊長!」

前方からいい体格の男が歩いて来たかと思うとレイフに大きく手を挙げた。

「オズウェルさん、連れて来ましたよ、ウィルです」
「そうか、君があれだけ粘った男だね」

そういってオズウェルはウィルにその大きな手を差し出した。

「オズウェル・バックランドだ。バックアップチームの指揮をとっている」
「ウィルフレッド・ブラッドバーンです。宜しくお願いします」

そういうとオズウェルがウィルの背中をトントンと前から手を回してノックした。

「若き英雄の卵。君の働きに期待しているよ」

その言葉にどきりとする。気の利いたことも言えない自分に比べ、オズウェルは一回り以上違う男にも尊敬の念をきちんと示すことができるのだ。
レイフも満足そうに微笑んでそれを見ていた。

「うちのバックアップチームには残念ながら紹介してやれないが…まぁ君をみた淑女たちは仕事に手が付かないだろうからね。悪いがここまでだ」

わざと作る困った表情もよく似合っている。

「手続きは済ませてくれましたか?」
「済ませたよ。寮の紹介はエリオットに任せておいた」
「ああ、エリオット!それなら一緒に連れて来ればよかったな。そのままオペレーションに入ると思って置いてきてしまいました。オペレーションも任せてしまったな」

驚いた表情のレイフに、オズウェルが申し訳なさそうな表情になる。この二人の雰囲気から親密さが見て取れて、ウィルは少しばかり安堵した。軍隊らしい厳しい規律はなさそうだ。あれはあれで身に馴染んだものだが、こういう雰囲気もいい。

「ウィル君も、エリオットの方が幾分打ち解けていると君から聞いたからね。悪いな、先に言っておけばよかった」
「いえ、構いません。じゃあこのまま俺は戻ります」
「ああ、悪いねここまで案内させておいて」
「とんでもない。じゃあウィル、また後でな。ではオズウェルさん、よろしくお願いします」

そういってレイフが頭を下げる。そしてそのまま、ウィルにアイコンタクトをして去ってしまった。

「よしウィル、こちらへ来なさい。エリオットに引き合わせよう」
「ハイ」

そこからエリオットと合流し、三人で寮の利用について、一日の流れやその他諸々の手続きを行った。寮やその設備、部屋の使い方からルール、そしてここでの生活の仕方など、その内容は多岐にわたる。おかげで全てを終えた頃、時刻は夕方になってしまった。エリオットが飯を奢るとオズウェルに別れを告げ、二人で食堂へ向かう。

「ホント、よく来てくれたな、ウィル」
「いえ、オレの方こそこの場にいられるのが奇跡みたいに嬉しいです」

そういって笑顔を向けるウィルに、エリオットは思わず吹き出した。

「レイフ隊長がお前を引き抜くために散々手を尽くしてたよ。断られるの怖いから打診して来てくれなんて俺に頼んだりしてな。全く、ああ見えて臆病なとこあるんだよあの人」
「知らなかったです。精神的にもとてもタフな人なのかと…」

そういうとエリオットは盛大に笑った。

「昨日もそわそわしてたよ、お前が来るって言うんでな。さ、ここ曲がったら食堂だ。先に行ってメニュー選んどけ。ちょいと電話するとこがあるんでな」
「わかりました」

申し訳ないと思いつつも電話を聞くのもためらわれて頷いた。
食堂へ向かう角を曲がった瞬間、大きな破裂音がしてウィルは思い切り目をつぶった。

「S-SATへようこそウィル!!」

目を開けたのはその言葉が耳に入ったからだ。その後もいくつかクラッカーの音が鳴って、眼前には部隊のメンバーたちが律儀に三角のコーン帽を被って出迎えてくれていた。

「え、…」
「みんな、お前が来るのを楽しみにしてたんだよ」

そういって肩をトンと叩かれ振り返るとニヤリと笑ったエリオットがいた。手に電話端末を持っていて、わざと振ってみせる仕草を見ると騙されたのだろう。

「さ、今日は隊長の奢りだからどんどん食え!」
「本当ですか!レイフ隊長、頂きます!」
「こういうのは主催者の奢りって決まってんのよ!」

アボットと、ウィルが来るまで最年少だったエリスがテンポよく掛け合う。

「お、おい…いや、まあいいか今日くらい」
「はい、お許しでましたー!みんな食べて食べてー」

ウィルの後ろからエリオットがさらに盛り上げる。部隊のメンバーたちは大はしゃぎだ。エリオットはレイフの横を通る際、ぽんとその肩を撫でて行った。それにウィルは気づかない。
食堂のテーブルはパーティ会場のように綺麗に飾られており、あちらこちらにパーティプレートが置かれている。きっとウィルが来るのを楽しみにしてくれていたというのは嘘じゃないのだろう。
ウィルの胸に、熱くこみ上げるものがある。そのウィルに寄って来たのは案の定主催者だった。

「ど、どうした…?こういうの嫌いか…?」
「いや……嬉しくて…」

レイフが少しだけ自分より背の低いウィルに視線を合わせた。ウィルは俯く。
俯いたのウィルにレイフが慌て出したのが露骨に伝わってくる。それでもウィルは顔を上げられない。満面の笑みでこの人を安心させてあげないといけないと強く思うのに、目頭が熱く涙がこみ上げてきて堪え切れない。
しかもレイフの後ろで部隊の仲間たちがこちらを気にして静かになっているのがわかる。単に騒ぎたいだけではないのがわかって余計に胸が詰まった。

「…すいません、…オレ、頑張ります。皆さん、お力を貸してください、俺強くなりますから!」
「その言葉待ってたぜ、ウィル」

飛んできた言葉はエリオットのものだった。それに続いてみんなが頷く。

「さ、今日からここがお前の居場所だ。一緒に腹を満たして、明日から訓練頑張ろうな」

レイフがそういってウィルの頭を撫でた。

「ハイ!」

ウィルはその手を受けて大きく頷く。
S-SATというウィルの人生で最も長く濃厚な時間が始まった。