紙ヒコーキ

年下攻め若干多めのBL小説サイトです。毎週日・火・木曜日更新です。現在は大学生モノを連載中ですが、今後は軍事モノにも手を出す予定・・・。耽美な雰囲気と文章力向上をめざし日々精進です。

【3】フレイム 2003.2.3 -Craig side-

 

「それで?俺を引き止めた理由って?」
「…前も言っただろ?察してくれよ」
「ま、そうだよな」

クレイグは持ってきたコーヒーのマグをコンラッドに手渡して自分ももう一つのマグに口をつけた。

「で?その不毛な恋がなんだって?」
「…お前に、あいつに代わって俺の懺悔を聞いて欲しいんだ。…本人にはさすがに言えない」

クレイグはテーブルの横に座り込んだ。コンラッドはクレイグのベッドに腰をかけ、その長い足を組んでいる。

「前聞いた話のどこからが嘘でどこからが事実なのか、そこから聞こうか」
「…シェリルは幼なじみじゃなく、許嫁だ。俺はシェリルを過去に一度抱いている」
「…なんか随分とヘビーなところからきたな」

コンラッドは困ったように笑いながら足を解いた。そして同じくベッドに腰掛けているクレイグの方に体を向ける。真剣に話を聞いてくれようとしているのだろう。クレイグはそれを見て頷く。

「俺の、昔話をしてもいいか?」
「勿論」

クレイグはコーヒーを一口飲んだ。語るには少し口を滑らかにしたい。コーヒーの苦みを味わった後、ゆっくりと口を開いた。

 

―――最も古い記憶というのは、祖母の家の庭で怪我をしたときのものだった。恐らく四歳くらいのときだろう。
クレイグの怪我自体は大したことはなかったが、額上部を打ち出血したのを見て祖母は慌てふためいていた。

「クレイグ、ちょっとここで待ってなさいね!あなたのお父さん呼んでやるから!」

状況のわからないクレイグに祖母はそう告げ、急いでベランダから部屋に上がった。クレイグはそれを見送ってからテラスに腰掛けた。春の天気のいい日だった。冬が長い地域だから、春の暖かな日差しは貴重なのだ。

しばらくそこから空を眺めていたが、痛みも引き、祖母も戻ってこないのでクレイグは部屋に上がった。まだ慌てているだろう祖母に一言声をかけて安心させたいと幼いながら思ったことをよく覚えている。

「…学会なんてどうでもいいじゃない!子どもより仕事のが大事なの?…わかったわ、もういい、あなたをそんなふうに育てた覚えはないわ!前言ってた話、こんな風に子どもを放っておくなら引き受けます、もうクレイグはうちから学校へ通わせるわ!」

その瞬間、実の親に捨てられたのだった。幼いながらもそれは理解できた。
電話を切った祖母がため息をつく横顔を見て、慌ててテラスへ戻った。何故か立ち聞きをしていたのが見つかったら大好きな祖母が傷つくと思ったのだ。そのあとはそのまま祖母に病院に連れられ、そこで四針縫ったのをクレイグは覚えている。

それから高校に上がるまで、クレイグと両親の接点は殆どなかった。
それまでも殆どの時間を祖母の家で過ごしていたらしいが、それからは本格的に祖母の家に引き取られることになったらしい。
クレイグが中学に進学した頃、祖母が床に伏せってからは医学部に進むと決めて毎日勉強に励んだ。
祖母はそんなクレイグをいつも愛してくれたし、何事もよく褒めてくれた。クレイグ自身不思議と反抗期もなく、祖母からもらった愛情はきちんと返していたと思う。

だがある日の夜、それは高校二年生になってすぐ、まだ春も終わらないうちだった。
夕飯の支度をしている最中に祖母が突然意識をなくし、病院へ搬送されるも空しく、そのまま帰らぬ人となった。クレイグは最愛の祖母を亡くし、絶望にくれた病院の廊下で両親と再会した。

「クレイグか?」
「…はい」
「今日の寝床は用意してやる。来い」

なんとなく昔のことを覚えている部分が、これがお前の父親だとクレイグに教える。けれどそれは認めたくなかった。

「クレイグ、おいで。早く帰るわよ」

母親と思しき女性が、お前は私の子だと主張するような口ぶりで言うのが酷く憎らしい。それでも、祖母と過ごしたあの家にたった一人で戻るのが辛くて、二人の"両親"についていくことを選んだ。
その日以来、自分の知らないうちに転校することと、両親と一緒に住むことが決まっていたらしい。

両親はどちらもクレイグのことには非干渉的だったが、通うことになる学校はすでに両親が決めていた。地元では有名な私立学校だった。
そして両親には家を空けるからと、通帳と、家の留守を任され、クレイグはピアーズたちのいた学校へ入学したのだった。


高校が変わり、両親たちと暮らすようになってからは夜、主に父親の社交パーティに呼び出されることも多くあった。

そのたびに父親は「しがない息子」と紹介し、周りはクレイグに未来の医学界の発展を期待した。それでも土日は必ずそれから解放されたし、社会の縮図を見ているようで勉強になるところも多少はあったから何も言わなかった。

だが、そんな中でも、一つだけ今でも許せない父親のわがままが一つだけある。

春に転校し、ピアーズたちと仲良くなってきた頃。ちょうど夏頃だったと思う。
滅多に返ってくることのない父親が帰ってくるというので母親に一日空けておけと指定され、勉強をしながら家にいると父親はとある女性と、その母親と一緒に帰宅した。
父親に書斎へ呼ばれ、その冷房の効いた部屋に入ると、白く、清楚で品のあるワンピースを纏った女性がソファから立ち上がって会釈をした。それがシェリルだった。

「クレイグ。彼女がシェリル・ヘップバーンさんだ。挨拶は?」
「…はじめまして」

意図がわからぬまま挨拶を交わす。訝しげな様子のクレイグに、シェリルは少し苦笑いだ。

「彼女はヘップバーン証券取締役のご令嬢だ。そしてお前の未来の婚約者でもある」
「…なんであんたが決める?俺はまだしも他人を巻き込むな、この子だって可哀想だろ」

クレイグは腹の底が煮え繰り返るというのをここで始めて感じた。女性の前で声を荒げたくなくて抑えたが、父親はそれをわかった上であざ笑うかのような表情を見せる。

「あの、…私、無理しているわけじゃないんですよ…?」

突然シェリルが話し始めた。クレイグは面食らってその話に耳を傾ける。

「私はあなたのこと、よく拝見しています。実は隣のクラスなんですよ?知りませんでしたか?」
「…ごめん、わからない」
「実は母があの学校の理事長なんです。入学したときからお話を伺っていたので、あなたのことはよく存じ上げております。部活でのご活躍も、成績優秀であることも、そして素敵なお友達と楽しく毎日を過ごしていることも。話したことなかったからわからなかったけど、あなたにちゃんと会ってわかりました。きっと私、あなたのことを好きになります。あなたは、…どうですか?」

女がこれだけストレートに言葉を発するものだと、思わなかった。
クレイグの沈黙に、父親は納得させることができたと思ったのだろう。ポンとクレイグの肩を叩いてどこかで二人で食事でもしてきなさい、と言い残し部屋を出ていってしまった。
残った二人の間に、沈黙が落ちる。

「…あの、クレイグさん」

恐る恐る、シェリルが話しかけてきた。

「あなたのペースでいいから、少しずつ仲良くなりませんか?あなたが私のことを好きにならなければ、友だちのままでもいいんです。あなたのお父様は厳しいけれど、きっと時間が経てばわかってくれるわ。食事に行きましょう」

シェリルに手を引かれて部屋を出た。クレイグはなにも言わずに手を引かれたまま、シェリルについていった。―――


「あの父親に自分の人生を決められるのが嫌で、結構精神的なダメージがデカかったんだと思う」
「…なるほどね。聞いちゃいたけど、お前の親父さんはすごいね、色んな意味で」

クレイグは自分で話していて相当落ちたらしい。眉間のシワが取れない。

「…その当時、この夏にピアーズと一緒に一泊の旅行に行ったって話してあると思う」
「うん、聞いたね。そこでピアーズのことを?」
「ああ。さらに付け加えるとすれば、…このあと、実は一回、冬だったな。俺は欲望に任せてピアーズを抱いてる。お前らには言ってなかったけどな」
「…あー、なんていうか、もう本当に精神的にきてたんだな。そういや一時期、ピアーズの様子がおかしい時があった気がするよ。お前はいつも通りだったから気のせいかと思ってたけどね」

廊下から賑やかな三人の声が聞こえてくる。

「上がってきちゃったね。どうする?」
「とりあえず入ろう。一回シャワーでこの気持ちも流したい。いいタイミングだ」

クレイグは立ち上がった。そしてベッドに置いていたバスローブとタオルを手に取る。コンラッドも同じく立ち上がった。

「なら続きはバスルームで、だな」
「妙なニュアンスつけんな」
「俺はピアーズじゃないよ」
「…おい、それはたちの悪いジョークだ」

クレイグはコーヒーを飲みながら、コンラッドはベッドに寝転がって天井を見つめながら、三人が部屋に到着するのを待った。