紙ヒコーキ

年下攻め若干多めのBL小説サイトです。毎週日・火・木曜日更新です。現在は大学生モノを連載中ですが、今後は軍事モノにも手を出す予定・・・。耽美な雰囲気と文章力向上をめざし日々精進です。

【8】フレイム 2003.1.24 -Cheryl side-

 

「クレイグ?どうしたの、気分でも悪い?」

シェリルがクレイグの額にそっと触れた。クレイグがゆっくりと瞼を開く。
今日は二人でクレイグの家で勉強することになっていた。朝、確認の電話をしたとき少しバツが悪そうな様子だったのはこのせいだったのだろう。

「…いや、大丈夫」
「大丈夫じゃないわ!顔色悪いし、熱もある」
「シェリルは帰れ…この埋め合わせは、今度必ずするから」

そういってシェリルの手を優しく退ける。そうされてシェリルは、何も言えなくなった。その表情は辛そうで、いままで夢中になって文献を読んでいた自分に呆れかえる。苦しそうに息を吐くクレイグを見ていると、心の奥の母性が疼くのがわかった。
確かにここでクレイグの言う通り大人しく帰れば、クレイグにとっては一番気が利く女で済む。しかし本能が、この男のそばにいたいと言う。
シェリルは答えを言いあぐねていた。

「俺の見通しが甘かった、本当ごめん、情けない」
「クレイグ…そばにいさせて。お願い…」

シェリルはクレイグの両手を包んだ。そしてじっと、その瞳を見つめる。青い瞳が、いまは充血している。

「ダメだ、…もうすぐ論文発表会があるんだろ?…お前にうつすわけにはいかない」
「でも…」
「いい子だから。…頼む」

シェリルは黙ってクレイグの手を離した。そして立ち上がる。

「シェリル…?」

かばんも置いて、コートも着ずに部屋をでていく自分を、クレイグが不思議な顔で見ているのがわかった。それでも気にかけている暇はない。考えてしまうと動きが止まってしまう気がするから何も考えないようにした。

シェリルは部屋を出ると階段を駆け下りた。幸いクレイグの両親は出ている。クレイグの両親と仲がいいことも幸いしたのだろう、クレイグの両親は留守中にシェリルが訪ねてくることを快諾してくれていた。

冷蔵庫から保冷剤と、経口補給水を取り出した。そしてそれを抱えたままシャワールームへ走る。タオルをいくつか持った。清拭はあとで本人に聞いた方がいいだろう、聞いたところで嫌がられるだろうが。
部屋に戻ってくるとそれまで手で頭を押さえていたのだろうクレイグが顔を上げた。

「…何してんだ…帰れってさっき」
「帰らないわ!こんなあなたを放っておいて帰れない。嫌われてもいい、いまはそばにいたいの」

シェリルはテーブルの前でこちらを振り返っていたクレイグの背中を抱きしめた。シェリルも164cmと小柄ではないが、座り込んで抱きしめるとその背中はとても大きく感じる。耳を当てた背中から、小さく呼吸器がつまる音がした。

「お願いだから、ね」

クレイグはなにも答えない。ただじっとしているだけだ。シェリルは沈黙が怖くなって体を離した。

「ほら、ベッドに入りましょう。病人は安静が大事よ。欲しいものがあったら、取ってくるから」

そういうとクレイグは小さく頷いて立ち上がった。そしてベッドの前で着ていた服を脱ぎ始める。

「あっ、…私、外出てるから!終わったら呼んで」

クレイグが突然脱ぎだすからほどよく筋肉のついた背中を見てしまった。シェリルは慌てて部屋を飛び出す。
あの日、クレイグに抱かれて以来、彼の裸を見ることも、シェリルが自分の裸を見せることもなかった。


―――クレイグの父親に紹介されて3ヶ月くらい経った頃からだろうか。
シェリルは自分で言った通り、クレイグに惚れてしまっていた。これまでにないほど、熱い思いを抱いていた。それなのにクレイグはいつまでもつれないで、シェリルに指一本も触れることがない。

それまで高慢になるつもりはないがそれなりに男性に好意を向けられることが多かったシェリルにとってはもどかしいばかりで、ついに自分の誕生日という口実を使って無理にでも前進する方法を思いついた。

「クレイグ、今日の夜家に行ってもいいかな?」
「ああ、いいよ」

昼休みに会いに行っては、夜の約束を取り付けた。クレイグが断ることはない。
クレイグの両親には、勉強という名目でいってあった。両親がいることは殆どない。だからシェリルも、気が楽だった。クレイグの両親に気に入られている自信はあったけれど、それでも会うとなれば緊張もする。

シェリルはいつも昼間とは違う格好でクレイグの家に行った。夜は少し大人っぽいクラシカルな雰囲気の服をよく着た。クレイグがいつもそれを褒めてくれるのが、嬉しかった。
門扉のところでチャイムを二回鳴らすといつもクレイグが鍵を開けてくれる。

「クレイグ、今日ねケーキ買ってきたの」
「ケーキ?なんかいいことでもあったのか」

クレイグは玄関でスプリングコートを脱ぐシェリルの荷物を預かってくれる。
そしてそのまま荷物を部屋まで持っていってくれるのだ、いつもそう。

「うんん、…後で話すね」

そういってシェリルはその足でキッチンへ向かった。冷蔵庫にケーキを入れ、振り返るとクレイグが棚から二つマグカップを出しているところだった。

「私がやるわ。いつものでいい?」
「ああ、ありがとう」

いっそ任せてくれた方がいいのに。クレイグは先に部屋に戻ったりせず、シェリルがコーヒーや紅茶を淹れるのを手伝ってくれる。

「新しいクラスはどう?」
「うん、楽しいよ。そっちは?」
「私も。友達が増えすぎて名前と顔が一致しないの。男の人ってみんな同じように見えちゃって」
「それは大変だな」

クレイグは軽く笑いながら聞いている。男性の話をしても、クレイグは一向に構わないという風に澄ましている。
シェリルはこのままだと自分が不機嫌になってしまうのがわかっていたからそのまま話をつづけた。

「今日世界史の授業で聞き逃したところがあったんだけど、世界史の授業進んでる?」
「後でノート見せるよ」
「ありがとう」

マグカップをシェリルが、シェリルの荷物をクレイグが持って二階へ上がる。広い家なのにいつも廊下まで暖房が効いているのは、クレイグの気遣いなのだろうか。

「いまどの辺りやってる?」

部屋に戻るとさっそくクレイグがノートを広げた。シェリルはそれを覗き込む。

「あ、ちょうどこのあたり!ありがとう」
「いいえ」
「あのねクレイグ」
「ん?」
「私、明日誕生日なの」

シェリルは勢いに任せて言葉を放った。どうしても、今日クレイグに祝って欲しかった。

「…しまったな、何も用意できてない」
「うんん、いいの。知らなかったと思うから」
「ごめんな。今日の夜どこかに食べにでも行こうか」

シェリルはこういうとき、なおさらクレイグのことがわからなくなる。
同じ部屋で何時間過ごしても、上着を脱いでノースリーブになっても、ちっとも素肌や胸元に目をやらないのに。
どうしてエスコートしようとしてくれるのだろう。まるで恋人であるかのように。

「うんん、いいの」

そんな風に毎日に刺激がなかったから、我慢の糸が切れたのだ。きっとそうだ。

「だから、…ねえ、今日だけは、私のことちゃんと見て」

そういって、ふいに向かい合ったクレイグの手を、自分の胸元へ置く。クレイグは少しの間何も言わなかった。
しかしシェリルも、クレイグの返事をもらうつもりでいたからわざと何も言いださなかった。少しの間、沈黙が宿る。

「…うん」

クレイグがシェリルに優しく口付けた。そしてその頭をかばいながら、ゆっくりベッドにシェリルの体を倒す。
シェリルは初めてではなかったけれど、こんなにも緊張したことは、後にも先にもない。
クレイグの指先が、シェリルの肌を撫でる。そのたびにシェリルは、自分の思考が乱れていくのがわかった。一枚ずつ素肌を暴かれるような羞恥心と、禁忌を犯すような背徳感が同居して、それに耐えきれなった思考が、自ら秩序を手放していく。

「ねぇクレイグ、…キスして」

その声に応えて、クレイグがシェリルの唇に優しく唇で触れる。そしてシェリルが舌を出すと、それに誘われるようにしてクレイグが舌を絡めた。

「クレイグ…好きよ…」

クレイグはそっと、シェリルの唇に再度優しく口付けた。シェリルはそれが答えだと思った。

だが、それが答えではなく、むしろあの行為は丸ごと、クレイグの罪悪感からきたものだと気付いた。皮肉にも、クレイグのことが好きでいつも見つめていたから気付いたのだ。彼の視線はいつも、ピアーズに注がれていると―――


回想に浸っていると、ドアがコンコンと叩かれた。内側からノックされたのを合図とみて、シェリルがゆっくりとドアを開ける。そこには部屋着に着替えて赤らんだ顔を晒すクレイグがいた。

「ごめん、待たせた」
「うんん、いいの。それより早く布団に入って」

クレイグはシェリルに促されるまま布団へと入った。そしてぐっと身体を丸め、シェリルの方を向く。

「…悪いな、シェリル」
「いいの、私があなたといたかっただけだから」
「…ありがとう」

弱っているクレイグの額に触れる。うっすらとかいた汗に気づき、タオルで優しく拭ってやる。クレイグが目を閉じた。ここまで我慢していたのだろう。
本当は、こんなときにピアーズがそばにいればよかったのにとクレイグは思うのかもしれない。それは承知の上だ。

けれどきっと、自分からピアーズを呼ぶことなど出来ないクレイグは、一人でこの広い家の中で風邪と格闘するのだろう。だから、そばにいる。
勿論そこには、自分勝手な思惑も十分に含まれてはいるけれど、こんなときくらいわがままを言っても、誰にも咎められないと思った。

「…ごめん、少し寝るな。好きに帰ってくれていいから」

シェリルは頷く。勿論帰るつもりはないけれど、このまま大人しく寝かせてやるなら、黙って頷くのが賢明だろう。
クレイグが寝付いても、シェリルはその髪を撫でるのをやめなかった。