紙ヒコーキ

年下攻め若干多めのBL小説サイトです。毎週日・火・木曜日更新です。現在は大学生モノを連載中ですが、今後は軍事モノにも手を出す予定・・・。耽美な雰囲気と文章力向上をめざし日々精進です。

【7】フレイム (2003.1.22)~2003.1.29(2000.4.1) -Craig side-

 

―――ピアーズが遅くなったあの日。
クレイグは講義中にあったピアーズからの不在着信になんとなく嫌な予感がして、ピアーズがいつも通る校門の前で待っていた。勿論家にも行ったが電気はついていなかったし、何より几帳面なピアーズが、クレイグの折り返しに応じなかったことが不自然だった。

もうかれこれ、3回はピアーズの携帯を鳴らしたがどれも留守電で途切れてしまう。
今日は別に放課後特別約束をしていたわけでもないし、他に用事があるのかもしれない。けれどそれならやはり、ピアーズはクレイグの着信に気付いた時点でcall backを寄越すだろう。

(ピアーズ、どこで何してる…?)

そしてシェリルが建築学科棟の方向へ一人で向かうピアーズを見たというから、それからずっと、ここでこうして待っているのだった。

「そこの学生」

見回りにきた守衛に声をかけられる。

「誰か待ってるのか?ここはもう閉めるぞ」

懐中電灯でこちらを照らしながら聞いてくる。恰幅のいい、立派なヒゲを蓄えたおじさんだった。

「すいません、…もう少しだけここを開けておいてくれませんか?鍵を締めたいなら俺が締めて守衛室まで持っていきます」

クレイグの真剣な声音に、守衛は少し困った表情を浮かべた。

「いやいくらなんでも学生に鍵を渡すわけには…」
「…俺の学生証を渡します。財布も荷物も丸ごとお渡ししてもいい。それでもダメですか?」
「…わかった。学生証だけ預かるよ。だがこれは男同士の約束だ」
「ええ、勿論」

守衛が投げた鍵を走り出したクレイグが受け取る。そのままクレイグはまっすぐ建築学科棟へと消えた。


あのとき、なぜピアーズが泣いていたのかはわからない。
だが人を怖がる何かを経験してしまったのだと思う。
帰り道、抱きしめてくれたピアーズの腕が震えていたのを確かに感じたし、最初―もうピアーズに触れまいと決めたのに―思わず腕をつかんだ時のピアーズの反応からもそう察するには十分だった。

自分が出来ることは、ピアーズの部屋に行った後、とびきりたくさん生クリームを使ってクリームシチューを作り、早めに家を出る事だけだった。
一人になりたいだろう、何かをされたなら早くシャワーを浴びたいだろうと思ったからだ。

それでも、心の中に残るこのしこりは何だろう。

以前ピアーズに言ったように、ピアーズの将来への障壁になるつもりはない。自分の存在がピアーズが生きていくために邪魔になるのであれば、自分の感情を差し置いてでも身を引くつもりだ。逆もまた然り。自分の存在をピアーズが必要としているのであれば何が何でもそばにいる。

あの日―ピアーズのことが好きになったその日―からクレイグは、ピアーズのために生き、ピアーズのことを思って死のうと決めたのだ。絶対や永遠を信じないクレイグが唯一心に決めたことだった。―――

 

クレイグは一人、ダーツの場を抜けてバーのカウンターに腰掛けた。
なぜか今日は、自ら進んでピアーズが酒を飲んでいる。少量ではあるが。

何があったかは詳しくまだ聞けていないけれど、あの日から少し自分やほかの人間と物理的な距離を置くようになった。最近は少しずつ改善されてきてはいるようだが。

だからきっと、ピアーズの生来持つあの儚さがよくないことを引きつけたのだろうと思う。だが自分も、その危うさや儚さに惹かれているのが事実だ。このことが露呈してはピアーズに嫌われてしまうかもしれない。

今迄一生懸命、―そう、あの一度ピアーズを抱いたあの日以来―無欲な男を演じてきた。すべてはピアーズが安心してそばにいられるように。
それなのに、いまは心臓が破れてしまいそうになるほどピアーズに欲情している。
酒を飲ませるとどうも色香が漂うのだ。

大学の入学式の日、人酔いを起こしたピアーズに欲情した自分を思い出してはひどい嫌悪感に苛まれたのに、あの瞬間が思い起こされた今、同じように欲情している。

 

―――入学パーティも終わりに近づき、教授たちは医学部での集まりがあるといって去った後。ピアーズが眉間にしわを寄せながら何かをこらえるようにしていたから、思わずクレイグはその頬に触れた。

「顔色悪いけど、どうした?酒飲んだのか?」
「…いや、人酔いしたかも」
「歩けるか?とりあえず、あっちの空気の綺麗なところに行こう」

テラスも先ほどの人だかりのせいで色んな匂いが混ざり、淀んでいる。
ピアーズの背中を支えながら、テラスからもう少し歩いたところにあるベンチまで歩いた。

「ごめん」
「気にするな」

ピアーズが浅い呼吸を繰り返す。目を閉じ気持ちが悪いのをこらえている横顔を見つめた。その少し汗ばんだ素肌や、タイを解いたところからのぞく鎖骨が、クレイグの欲を引き出す。

クレイグは見ていられなくなって目をそらした。

「でも、久しぶりに知らない人たちとたくさんしゃべった。…お前みたいにうまく振る舞えないけど、新しい感覚は楽しかったよ」
「そのうち慣れるよ」

ピアーズはベンチの背もたれに上半身を委ねた。余程思わしくないのだろう。
クレイグは少しだけ視線をよこす。本当なら体を圧迫しないようにシャツのボタンも外してやりたいけれど、いま触れたら何の気も起こさない自信はない。

街燈の明かりが二人の空間を闇から浮かび上がらせる。遠い後ろで鳴る吹奏楽部の演奏も、いまのふたりにとっては心地よいBGMだった。

「ここで少しゆっくりしてろ。俺もここにいるから」
「…いいよ、楽しんで来いよ」
「もう十分だ」

こういうときでも気を遣う。ピアーズはいつも周りの機嫌を察知しながらいいように振る舞うから、そんなところもクレイグが放っておけない要因のひとつだった。

そのまま沈黙が宿る。それでも気まずいものではない。
ただ、一方的にクレイグは自分を戒めていた。変な気を起こすのはあの一回だけでいい。もうこれ以上、ピアーズから預けられる信頼を手放したくない。

クレイグは立ち上がって眼前に広がる夜景を見つめた。実らぬ思いはただひたすらに苦しい。でもときどき生きていてよかったと思えるほどの幸福を気まぐれにくれることもある。

本当はピアーズも自分と同じ気持ちなのではないかと思ったこともある。これだけそばにいて、ただの居心地のいい友人のポジションにおさまるつもりはない。
けれど、そう思っていたのも秋までだった。

来年の春には、ピアーズとの別れが待っているのだから。