紙ヒコーキ

年下攻め若干多めのBL小説サイトです。毎週日・火・木曜日更新です。現在は大学生モノを連載中ですが、今後は軍事モノにも手を出す予定・・・。耽美な雰囲気と文章力向上をめざし日々精進です。

【11】フレイム 2003.1.29~(1999.8.25) -Craig side-

 


「なあクレイグ!回復持ってる?」
「はいよ」

画面の中で、クレイグの使用キャラがピアーズの使用キャラに回復アイテムを使う。

「助かった。サンキュ。敵強いな」
「向こうの衛生兵がまた厄介だな」
「うん」
「あとお前もう少し物陰に隠れたほうがいい、正面から行き過ぎるからダメージ食らいすぎるんだよ」
「やっぱ正々堂々とね」

ピアーズは画面に夢中でクレイグには視線もくれない。
クレイグはふと、そのピアーズの耳たぶをみた。そこに一点、塞がってはいるがピアスの穴の跡が残っている。
それを見るたびにクレイグは、ひどい後悔に襲われた。心の一番奥をちくりと針で刺されるような痛みに似ていて、どれだけ時が経っても和らぐことはない。そう、この穴を開けたのはクレイグ自身だった。


―――

 

「クレイグ」
「お、久しぶりじゃん。最近連絡寄越さないで何してんだ」

高校3年生の夏。図書館で勉強をしていたクレイグの肩をトントンと叩きながら声をかけてきたのは、ピアーズだった。ふて腐れた表情で、外に出ようと顎をしゃくって見せる。

夏休みに入って一週間ほどしてから連絡が取れなくなったので楽しくやっているのだろうと思っていたのに、どうやらそうでもないらしい。
クレイグは何も答えないピアーズについて外へ出た。

「久しぶり」
「うん、久しぶり」
「…いきなりなんだけどさ、今日お前んち行っていい?」
「…まあいいけど」
「そんで、これでピアス開けて」

そういって投げられたのはピアッサー。クレイグは放物線を描いて手中に収まったそれを見て、首をかしげた。

「開けてどうする」
「理由なんか聞かなくても開けられるだろ」
「それならこれは没収だな。捨てておくよ」

クレイグはピアッサーを空に放り投げて弄んでいたが、そういうとすぐにポケットへ隠した。

「なあ頼むよクレイグ。お前くらいしか頼める奴いないんだ」
コンラッドやユージンたちは?」
「…コンラッドには断られたよ。ユージンたちはいまハワイ行ってるし」

頼られたのが最後だった。クレイグにとってはなんとなく理解したくない事実だった。このとき覚えた感情には本人が一番驚いた。

「…何時?」
「…7時」
「わかった。これからどうすんだよ」
「…飯食いに行ってくる」
「あそ。俺駅前のコーヒー飲みに行くけど」

ピアーズがあそこのカプチーノが好きなのを知っていてわざとクレイグは言う。ついでに言うとピアーズはあそこのBランチも好きだ。

「…オレも行く」

ピアーズが唇を尖らせながら、カバンを取りに図書館内に戻るクレイグの後をついてくるのがおかしくて、クレイグはつい口元を手で覆ったのだった。



「それで、本当に後悔しないんだな?」
「…ああ。別に一生開きっぱなしってわけでもないし」
「…ホールのサイズは?」
「気にしない。穴が開けばいい」

クレイグはこっそりポケットからピアッサーを取り出した。ピアーズは大人しくクレイグに言われるまま耳朶を保冷剤で冷やしながら夏休み明けのテストに向けてテキストをめくっているから気が付かない。

ピアーズが買ってきたピアッサーのゲージサイズは12Gだった。何も知らずに適当に買ってきたのだろう。14Gよりサイズが大きくなるほど(すなわち数字が小さくなるほど)元に戻りにくくなるという。だから12Gなんて、おそらく元に戻ることのない大きさだった。

好都合なことにピアーズはピアスのことをよく知らないとカフェでの会話中に気がついてから、クレイグはすぐに近くの薬局でサイズの小さいピアッサーを購入した。それをそのままポッケに入れておいたのだ。

ファーストピアスのサイズとして適切なのは16Gと言われているからそれを買ってきたが、それでも心が、ピアーズの柔らかな耳たぶに穴など開けたくないと訴える。

「あっそ。…耳朶、感覚なくなった?」
「うん、全然触ってる感じしない」

少し無邪気に笑いながら、自分の指で耳朶を弾く。

「…じゃあ、開けるぞ」
「…うん」

お前の勇気を讃える、と適当に誤魔化して買ってやったゴールドのピアスは18G。もともとピアッサーに付いていたファーストピアスは16Gだったから穴が塞がりにくくなるのを心配してやめた。

もちろん最初は穴を開けると同時に16Gのファーストピアスが刺さるけれど、そのあとは自然とホールを小さくしてやれたらいい。何も知らないピアーズを騙して細いピアスをあてがうのは簡単だった。騙した後ろめたさは、いつかこの胸に宿る後悔を消してくれる薬になると信じて飲み込む。

ピアーズの耳朶をそっとつまむ。そしてジェルの消毒液をコットンで塗った。冷えて真っ赤になった耳朶が痛そうだ。

「いくぞ。3つ数えろ」
「うん。…one,」

数え始めた瞬間に指に力を入れ穴を開ける。手慣れた手つきで少し溢れてきた血を拭う。

「…医者もそれやる。そういうとこ嫌い。昔頭縫った時も、歯を食いしばって5秒数えろって言いながら3秒のときにガチャンってさ」
「それなら医者はみんなそうやるって覚えておけ。俺も親にそうされてきたんでな」

ピアーズは膨れ面を晒しながらもそっと自分の姿を鏡で見た。

「…いっきに不良になった気分」
「あくまでもお利口さんなんだな、お前」
「お前に言われたくないね」

ピアーズが少しだけ、後悔の表情を見せたのをクレイグは見逃さなかった。

「あと少ししたら、飯でも食いに行くか?」
「いいね、ハンバーガー食いたい。がっつり」
「昼飯とかいってカプチーノしか飲まねえからだ」
「あの時は気分じゃなかったんだよ」

ピアーズが立ち上がり、うんと背伸びをする。後悔はしたけれど、自分のやったことを反省するいい機会になって、心は晴れやかなのだろう。一方こちらの心に靄がかかっているとは知らずに、ピアーズはニコニコと笑いながら早く行こうと無言でせがむ。

「痩せたんだから、もっと肉食え」

そういってポンと額を小突いてピアーズを抜いた。そのまま振り返らずに自室を出て、階段を降りる。さすがに今日は夜になっても、まだまだ暑そうだ。汗をあまりかかないクレイグでも少し顔が上気する。五分丈のシャツを捲って、ピアーズが隣を駆け下りていくのを待った。―――

 

そのピアスの跡が、いまでも残っている。無事に穴はふさがったようだけれど、ピアーズの体を傷つけたことはクレイグの精神的には大きな負担だった。

好きな人の体を大切に思う気持ちは、ごく自然発生的な感情だと思う。

最初はピアーズに恋をするとは思っていなかった。
それなりに高校一年生から女性経験は豊富だったし、女の友達もたくさんいた。
スコートしてやれば喜ぶし、それで自分の価値も決まるものだと思っていた。

高校2年になって、あの高校に入ったとき、一度自分についた汚れは落ちたのだと思っていた。 自分がひどく汚れているように見えたのは、ピアーズがまっさらだったからだ。
自分よりもあらゆることに免疫がなくて、すべての感受性のすべてを使って反応を示す。この男が、ある日突然とても尊く感じた。

テレビゲームに夢中になるピアーズを、クレイグは目を細めて見つめた。

(…きっと俺は、一生こいつに恋して生きていくんだろう)