紙ヒコーキ

年下攻め若干多めのBL小説サイトです。毎週日・火・木曜日更新です。現在は大学生モノを連載中ですが、今後は軍事モノにも手を出す予定・・・。耽美な雰囲気と文章力向上をめざし日々精進です。

飲み会にて


同じ飲み会に出たのは久しぶりだった。まだ片思いだった頃に一度、ベネットが来るからというので仕事そっちのけで直行したのもいい思い出だ。課の皆の顔が上気して赤くなり始めている。今日は早めに仕事を終わらせると言っていたのに、アイツはなにをやっているのだろう。

「先輩~!」

あちらこちらで俺を呼ぶ声がする。それは本当に嬉しい限りで、若手の育成というものはこういうところにやりがいを感じるのだ。つまり、やっただけ返ってくるということ。

「ベネットさん遅いですね!」

酔っ払ったベイジルが俺のグラスが空いているのを見て飛び跳ねた。

「あれ!先輩!飲んでない!珍しいです!」

ベイジルが笑う向こうからマルコの手が伸びてきてその頭をはたいた。

「はやく先輩にビールを差し上げろ!」

「あ~んもう~マルコさん痛いですよ~!」

マルコも酔っ払っているようで、そのままベイジルとはたき合いが始まってしまった。
マルコが持ってきた瓶から自分でビールをちょぼちょぼと足す。
ベイジルとマルコが我に返って俺に話し掛けてきた。

「ベネットさん何してんだろ、今日は先輩が飲み会来るからってあんなにソワソワしてたのにい~!」

「そうなのか」

「ベネットさん酷いんですよ!これやっとけあれやっとけってどんどん仕事任すんです!もうーなのに遅いとか意味わかんないですよー!」


ベイジルがグラスを持ち上げてそのまま一気に飲み干す。ベネットの思いもよらぬエピソードが聞けて少し胸が高鳴った。

「遅くなりましたー!」

ビールを飲み干そうとグラスを持ち上げたところで聞き慣れた声がした。

「あっ先輩!お疲れさまです!」

「おう、遅くまでお疲れ様」

そして他人行儀に挨拶してくる。俺も一応平静を装って返事を返した。

「俺もビールで」

ベネットがなんとなしに俺の前に座った。ベイジルは目をキラキラさせている。

「あれっベネットさんそんな感じでいいんですか!?待ちに待った先輩との飲み会ですよ!?」

「おいベイジル、」

ベネットがきっとベイジルを睨み付ける。ベイジルはヘラヘラ笑っていて、俺もつられて笑った。

「もー、そんな怖い顔しないでくださいよー。あんなに嬉しそうだったのにいいんですかあー?」

ベイジルの調子のよさにこっちまで可笑しくなってくる。ベイジルは酔っ払うととことん愉快になるタイプみたいだ。ベネットは届いたビールを一気に飲み干すとへらっと笑って言った。

「あーもういいや、先輩お疲れ様です。はやく会いたかったです」

「!?」

ベネットの目元が赤い。いやいや、酔いが回るのが早すぎないか。もうレッドゾーンなのか?

「おおー、出ましたベネットさんの大胆発言!」

「うっせーベイジルは黙ってろー」

ベネットまでヘラヘラ笑っている。なんだか愉快だ。新人のベイジルは物怖じしない性格だからベネットとも仲が良さそうだし、二人とも俺を慕ってくれているんだろうなと思わせてくれる。

「ビール!もう1杯ビールくださーい」

ベネットは楽しそうに手を挙げている。店員がそれを見て伝票に走り書きをし、そのままカウンターの中へ入って行った。他に客は少なく、ほぼほぼ貸切状態だ。

「あーもう最近だめっすよ、ブラウンと遊べなくてダメだ。落ち込むー」

完全にベネットが二人でいるときのモードに入った。ベイジルは相変わらず笑いながらそれをウンウンと聞いている。

「ですよねー、最近ベネットさん溜まってるって言ってましたもんねー」

「そんなこと言ってねー!捏造すんなバカッ!」

「じゃあ溜まってないんですか?」

「溜まってるよバカッ!」

あー、なんだこれ。
あれ、なんか空気感がおかしい。

「ちょっと待て、ベイジルは俺たちの関係知ってんのか?」

横から擦り寄ってベネットに耳打ちする。ベネットはアルコールで頬を赤く染めて振り向いた。

「えっ?あれっ?」

そしてベネットがポカンとした顔をする。これは、二人揃って新人に嵌められたらしい。

「ちょっとー。なに二人でコソコソしてるんですかー!」

ベイジルが絡んでくる。ちょっと待て、いまはそれどころじゃない。

「あれ、ベイジル、ねえ、オレ話したっけ?」

ベネットがベイジルの顔を見て首を傾げる。ベイジルは俺のグラスにビールを注ぎながらああー、と笑った。

「いや、おれのこと誰だと思ってんすか。それくらい察しますよー、やだなーもう」

おいおいおいおい、まじか。
ばれてんだ、あの鈍感でニブチンのベイジルに気付かれてるとなるとまずくないか。

「なんだよ知ってんのかよー。ふざけんな、もっとはやくいえよ。あー、もっと惚気ときゃよかったぜ」

ベネットが悪ぶる。端正な顔と言葉遣いのギャップになんかキュンとしてしまった。

「えー?先輩もベネットさんもまさか気付かれてないと思ってたんですか?」

マルコまで参戦してきた。おいおい、なんだこれは。周知の事実なのか?

「あのね、ばれてないなんてね、そう思う方がちゃんちゃらおかしい話なんですよって。なー、ベイジル」

「ほんとですよー、課の人たちは皆知ってますよー。二人もそれをわかっててやってんのかと思いましたー」

「ほんとそうそう、だって二人ともアイコンタクト半端ないわ、周りと空気感違うわ、倉庫で隠れてキスするわ散々なご様子で!」

「ねーっ」

「おまっ、新人のくせにねーっじゃねえッ!」

「うわあやめてくださいよう~!」

マルコとベイジルがまた二人でふざけ始めた。ベネットもベイジルの頭をはたいたりして楽しそうだ。
俺の心だけみたいだな、凍っているのは。
倉庫でキスって、どこだ、どこでしたのがバレたんだ?

「あー、ブラウン。愛しのブラウンよー」

完全に酔っ払いの顔をしたベネットが俺の肩に抱きついてきた。うわ、ちょっと待て、待てよ。これはまずい。

「ブラウンはねー、ほんとにかわいいんですよ毎日」

あ、終わった。これ、俺のイメージ崩れたわ。
ベネットが俺の腕の中に崩れ込んできた。なんか、あれ、やっぱすげえ愛しい。

「なんすかかわいいってー」

すかさずベイジルが茶々を入れる。こういうとこだけは反応いいよなあ、ほんと。

「お前ね、こう見えてもブラウンはとってもかわいいんだぜ。オレといるときは子猫ちゃんのように甘えてくるんだ」

ベネットがふざけてベイジルの顎を掴むとベイジルもそれに応えて目を瞑った。唇まで尖らせている。

「ダメダメ、オレがお前とキスなんかすると先輩怒っちゃうだろ?口聞いてくんなくなるぜ?」

ベネットはスレスレまで顔を近付けたと思ったらベイジルの鼻を摘まんで言った。ベイジルはなぜか大爆笑だ。


「あのブラウン先輩が子猫ちゃん!?口聞いてくんなくなる!?hey,マジかー。そういう感じかー!」

マルコまで大爆笑だ。完全に置いて行かれてる。

「もうね、ブラウンの可愛さ知ったらそんじょそこらの女じゃ抜けなくなるぜ?」

「ちょっと待てベネット、」

いつになく下ネタに走るじゃないか。

「料理も掃除も洗濯も出来なくて部屋はきたないし。でもまたそのダメっぷりがなー、オレの心を掴んで離さないんだよ」

「あー、『コイツはオレがいなきゃダメだな』って思わされてんだ、ベネットさん」

ベイジルが井戸端会議する主婦みたいな顔で頷く。
というか、ベネットがそんなことをおもっていたのが意外だった。いっつも部屋が汚すぎてあんなに怒ってるのに。『オレは家政婦じゃないんですよ!!』とかなんとか。

「もうね、ほんとそれよ。ブラウンはさ、職場じゃクソかっこいいだろ?もうこっちが憎たらしくなるくらいにさ」

ベネットはワインに手を出した。これは長くなりそうだ。

「わかるゥー。先輩、職場ではめちゃくちゃかっこいいっすよね」

職場ではって。「では」ってなんだ。

「だろ?それがオレと部屋に入るとこうよ」

ベネットは片手をぶるぶる振っている。本人にとったら何かのジェスチャーらしいが、周りはなんのことかわかったもんじゃない。

「あー、これっすね」

ベイジルまで手を振り出した。全く、なんのことやらさっぱりだ。

「あのブラウン先輩の貞操が~」

マルコが横槍を入れてくる。なにが貞操だ、俺は不特定多数の男とやるような男じゃないぜ。

って、別に男が好きなんじゃない。


「でさ、こないだなんてあれよ、おれが仕事帰りにうっかり連絡なしで遊びにいっちゃったらめちゃくちゃ寂しいアピールするメールが来てね」

「それでそれで~?」

ベイジルがワクワクした顔をする。ベネット、やめるんだ。お酒はおとなしく飲め、な?

「その場で帰ったよ当たり前だろ?」

「やっぱブラウン先輩は強いんすね~」

「だろ~?」

ベイジルがベネットのグラスにワインを注ぐ。ベネットはご機嫌さん、俺は暗澹たる気持ちだ。

「まあ合コンの数合わせだったしさ~」

「えっなにそれ聞いてない」

思わず口にするとベネットがニヤニヤした。

「言ってないですもん」

「なんで言わないの」

「ブラウン、怒るかなーって」

「そっ、それで。連絡先とか交換してきたのか…?」

ちょっと胸がドキドキする。女子って大変だな。

「まあ、2人とだけですよ。あとはクリーチャーでしたから」

「プライベートでまでクリーチャーと遭うなんてとんだ災難でしたね、ベネットさん」

ベイジルがドヤ顔だ。うまく言ったつもりか。

「それで、…連絡は…取っているのか?」

「ああ、来てますよ。今度一緒に出掛けるんです」

あっさりと認めやがった。なんだこれ、俺怒っていいのか?
あれ、…俺って、怒っていい存在なのか…?
ベネットはそりゃあイケメンだから俺が女でこんな奴が合コンに来たら間違いなく飛び付く。
合コンにいた女性陣は皆そんな気持ちだったんじゃないだろうか。

「そうか…」

「ブラウン…?」

心にどっと切なさが押し寄せる。ベネットは確かに好きだと、愛していると言ってくれるが俺には「彼女」とか「彼氏」というように、お互いの存在を定義する言葉が与えられていない。だから、これは浮気でも何でもないんだ。

「わかった、楽しんでな」

「ちょっ、ブラウン。あなた勘違いしてますよ」

「何が勘違いなもんか。わかってる、俺の立場も全部」

はあ、楽しい飲み会なはずなのになんでこんなことに。きかなければよかった。

「ブラウン、オレが連絡を取っているのは!」

「もういい!わかってる、別に俺に何かを言う資格なんてないしな」

俺がそういうとベネットは頭に来たのか俺の顔を両手で掴んだ。
ちょっと痛い。酒のせいでコントロールができないのかも。

「ブラウン、ちゃんと聞いてください。オレが連絡を取っている相手が、女だと思っているんですか?」

ベネットの真剣な眼差し。酒のせいで目が少し赤く潤んでいるが、その視線の強さは変わらない。ちょっと怒っているようにも見える。

「男です、その場にいた男と連絡を取っているだけです。女は皆クリーチャーだった」

そうか、そういうことか。
女だとばかり思っていた。女にはあって俺にはないもの、世間から見た二人の関係とか偏見とか全部が本当はすごく悔しかったんだ。
別にここは自由の国だ、同性愛を咎める風潮は少ない。それでも、ベネットは元々そういう性質だったわけじゃないと思うと胸が痛い
。いや、そりゃ俺もだけども。

「ブラウン、安心してください。オレにはあなたしかいないんです」

ああ、ベネットって馬鹿だよな。頭は切れるし俺の扱いはうまいけど、肝心なことをわかっていない。
俺は相手が女だって男だって心配なんだ。
はやくその言葉が欲しかっただけなんだよ。

「相手が誰だろうと、俺は心配だ」

「なに言ってるんんですか、ブラウン。馬鹿ですね、他の男も女も考えられないですよ。オレの恋人はあなたしかいないんです」

ベネットはいい男だ。俺の欲しい言葉をすぐに心の奥底まで届けてくれる。

「ブラウン、さ、今日はもう帰りましょう」


ベネットが優しく俺の手を取り俺を立たせる。

「いやいやいやいやちょっとちょっと!!なに二人の空気作ってんすか!皆超みてますし!こんな空気にして帰るとか!どんだけ図太いんですか!」

「ベイジルうるさい」

ベイジルが勢いよくベネットにたたみかけた。ベネットはすっかり醒めた顔でベイジルをあしらう。

「いやー、しかしいいものを見たな。かのブラウン隊長があんな顔をするなんてなあ」

マルコが自分の顎を撫でながら唸る。それで現実に引き戻されて周りを見ると、ベイジルの言う通り周りのチームメイトが一人残らずこちらを見ていた。


「いや、オレらは帰る。今日こそブラウンを連れて帰ってイチャイチャするんだ」

「いやー見せつけるだけ見せつけてその態度はすごいっすね。尊敬します」

「だろ?だから帰る」

「せめて空気元に戻してってくださいよ!」

「それはベイジル、おまえの仕事だ」

「あちゃー荷が重いなー」

ベイジルが額を抑えて呻く。
仲間は笑っていた。中にはナイスカップル!とか、お幸せに!とか声を掛けてくるやつもいる。みんな本当にいい奴だ。
ベネットはその声に手を挙げてこたえている。その様子がコミカルで、場はもっと盛り上がった。普段からムードメーカー的な一面があったが、こんな場面ですら笑いに変えてしまうのが本当にベネットのすごいところだと思う。

「じゃあな、よろしく頼むな」

ベネットがベイジルの肩を叩く。ベイジルは渋々、わかりましたよと頷いた。だが、口元はちょっと笑っている。

「じゃ、お幸せに。また明後日」

そうだ、あしたは休みだ。だからベネットも今日は珍しく飲み会に参加した。奴は真面目で几帳面だから、翌日に会議などの重要な業務があるときの飲み会には来ない。

「ベイジル、今度何か奢るぜ。後は頼んだ」

ベネットがあんまりにもスマートに俺の手を握る。皆がわっと沸き立つのがわかった。俺は恥ずかしくて顔もあげられない。

「ブラウン、…行きましょう」

ベネットが俺のほうに振り向く。
そして視線を上げた俺と目が合うと、優しく目を細めた。

「ブラウン…」

細い指が俺の顎を持ち上げ、ほんの一瞬くちびるが触れた。
そしてその瞬間、静まり返ったかと思ったら、すぐに面々から声が飛んできた。

「はやく帰って続きやってくださいよー、ここではこれ以上ダメなんで」

ベイジルがニヤニヤしてベネットの背中を押す。俺もベネットに手を引かれて出口に近付いた。

「皆、ありがとな」

俺がそう言うと皆から温かい拍手をもらった。ベネットの横顔も笑っていた。今度こそ、手を挙げて別れの挨拶に代えた。