紙ヒコーキ

年下攻め若干多めのBL小説サイトです。毎週日・火・木曜日更新です。現在は大学生モノを連載中ですが、今後は軍事モノにも手を出す予定・・・。耽美な雰囲気と文章力向上をめざし日々精進です。

【1-1】アイデンティティを刻む


ウィルフレッドの所属する陸軍の全日射撃訓練は初秋に行われる。
防弾チョッキやヘルメット、夜間の射撃に備えてナイトビジョンスコープを取り付けたM16やFN FALライフルなど実際の装備と地図を持たされ、バディと共に林間に放り出される演習訓練である。
弾は同じ経口の訓練弾を用い、生き残りをかけた全3日間の全日射撃訓練は、陸軍の訓練の中でもっとも過酷で実践に近い。

「全日訓練のバディ今日発表だったよな」
「うん。ウィルは誰とだと思う?」
「いや、…想像もつかないな。未だにあの組み合わせがどんなロジックで決定されるのかわからないし」

相部屋のヒューズと他愛もない話をしながらウィルは中央廊下を歩いていた。
正直このタイミングで全日訓練とはついていない。士官学校では優秀な成績をおさめ、陸軍特殊部隊訓練生に選ばれたはいいものの、最近になって戦う目的に疑問を抱きつつあるウィルにとっては不都合だった。今のような生半可な気持ちで取り組めば落ちぶれた成績を取って自身のモチベーションを削ぐのは目に見えている。
これまでは慢性的に訓練をこなしてきたし、厳しい訓練に打ち込むことでその疑問をかき消そうとしてきた。自身の家系は軍人として生きてきた者ばかりで相談することもできない。陸軍に入る間際、ぜひ入隊試験を受けたいと思っていたトロイア合衆国を代表する組織になら憧れの人はいるけれど、陸軍で地位を得ることを家系に背負わされたウィルに迷いは許されなかった。

その結果として、いま陸軍としての自分の命に疑問を抱いているのだから、この年度末に行われる特殊部隊員への昇格試験に落ちるのも運の問題だと、ウィル自身薄々感じている。

バディ発表の掲示は、教官室の前で行われる。教官室は寮と教官棟を結ぶ中央廊下をまっすぐ行って、北の方角に曲がったところだ。
もう発表の時間を過ぎているから、人だかりになっていることだろう。

「僕はシーズ先輩とがいいな。すごくよくしてくれてるし、射撃の腕もいいから」
「守ってもらう前提か?」
「僕はそれでいいんだよ。キミみたいにデキる男じゃないからね」

ヒューズが空笑いをしながら言う。ウィルは眉間に少しシワを寄せた。
ヒューズはどうも謙遜しすぎる節がある。近接格闘術の筋も悪くないし、少々小柄な体格だが、その特性を存分に生かした身のこなしはウィルも見惚れることがある。

「本当にお前は勿体無いよ。もっと本気だせ」
「ウィルくらいだよ、そう言ってくれるのは」

案の定、掲示板の前には大きな人だかりが出来ていて、様々な反応が上がっていた。

「あー、緊張するよ、…神様…!」
「大袈裟だな、ヒューズは」

神に祈るヒューズの隣でウィルはくすりと笑った。
そしてヒューズと共に、掲示の前に立つ。

 

006隊 シーズ・マーキュリー 
ヒューズ・ブライアント

 

「ああ!シーズ先輩とバディだ!ウィル!!」

ヒューズは自分の名前を探しているウィルの背中に飛びついた。

「うわっ」
「シーズ先輩とだよ!ウィル!!ああ神様ありがとうございます!ありがとうございます!!」

ウィルは勢いでヒューズを背負ってしまった。ヒューズは、ウィルの背中でガッツポーズを取ったり神に祈りをささげたりと忙しそうだ。

「ヒューズ、ちょっと大人しくしてくれ、オレの名前が探せない…」

ウィルは隊につけられた番号と名前を目で一つずつ追っていく。

「あった」

 

059隊 ウィルフレッド・ブラッドバーン
レイフ・ベックフォード

 

自身の名前とともにあったのは、上級生の名前ではなかった。
しかし、それは自分が軍人として焦がれるほどに憧れる人の名前。

「レイフ・ベックフォード…?」
「oh,God...」
「ヒューズ!」
「…ああ、なんだいウィル」

まだ神への祈りをやめないヒューズを背中から降ろして話を聞かせる。

「レイフ・ベックフォードと同姓同名の先輩はいるか?」
「レイフ・ベックフォードだって!?あのT-SATの精鋭じゃないのか!?ほら、以前の合同練習で指揮を取っていたあの人だ!」

的を得ないヒューズの反応はウィルの耳を右から左へ通過していった。ウィルの脳裏を様々な憶測が飛び交う。
レイフに焦がれる教官がミスタイプをしたか、同姓同名か、あるいは…

「ああ、ウィルいたね。こちらへ来い」
「はい」

担当教官に呼び出され、ウィルは素直に従った。ヒューズは眉をあげてアイコンタクトに頷く。後で詳しく聞かせて、ということだろう。
先を歩く教官が応接室に入って行くのを見て心臓が跳ねた。扉を開けた先にいたのは。

「ああ、わざわざすまない」

ソファに座っていた男が立ち上がる。身長は178cmの自分より幾分も高く感じる、おそらく180cm後半はあるだろう。かなり鍛えているようで、自分より腕は一回りほど太く見える。軍人でなければ大男として恐れられそうなものだ。
しかしその醸し出すオーラとは裏腹に人懐っこい笑みを頬に浮かべ、ウィルに握手を求めて手を差し出した。

「ウィルフレッド・ブラッドバーン、この度の全日射撃訓練、君のバディとして組ませてもらうレイフ・ベックフォードだ」
「…ウィルフレッド・ブラッドバーンです」

自己紹介をしただけでも声が震えた。
軍人家系で育ったウィルにとって、軍や政府要人警護のエージェントとして活躍する人の名前を覚えるのは、幼児が積み木で遊びを覚えるのに等しい行為だった。
記憶力も高くそれぞれがどのような功績を立てた人なのかも覚えていたから、余計に緊張の糸は張り詰めた。

「ウィル、君は以前T-SATと合同でやった訓練を覚えているか?」

「はい、忘れもしません」

あのとき、憧れのレイフ・ベックフォードとの合同練習というだけで、訓練が発表されたその日からひどく舞い上がってしまっていたのだ。

「あのときに見たお前の狙撃の腕が見事だったんでな。もう少し一緒に訓練をしたいと思ったんだ。そしたら全日射撃訓練があるというんで、少し無理を言って君のバディとして組ませてもらった」

ヒューズが神に祈った気持ちがいまのウィルには痛いほどわかった。神は迷いのある自分にも、こうして手を差し伸べてくれるのだ。

「…ありがとうございます」
「俺とバディを組んでくれるか?」

レイフが片眉をあげて首を傾げる。ウィルは震える手と心臓を落ち着かせようと深呼吸をしてから、その右手を自身の両の手で握り返した。

「こちらこそ、お願いします!」

ぎゅっと強く握り過ぎたかと慌てて手を離そうとすると、レイフの力強く大きな手がさらに強い力で握り返してきた。

「ありがとう、マイバディ」

その言葉の響きに目眩がした。憧れのレイフ・ベックフォードがここにいる。
世界的英雄とまで言われたあの男が目の前にいて、しかも訓練をともにしてくれるというのだ。
ウィルはレイフの力強い手のひらを強く握り返しながら、夏に行われた合同訓練を思い出していた。