紙ヒコーキ

年下攻め若干多めのBL小説サイトです。毎週日・火・木曜日更新です。現在は大学生モノを連載中ですが、今後は軍事モノにも手を出す予定・・・。耽美な雰囲気と文章力向上をめざし日々精進です。

【1-2】アイデンティティを刻む

 

――――「本日このような合同訓練の機会を与えて下さったレイフ・ベックフォード隊長に感謝して、挨拶の締めとさせて頂こう」

陸軍中部支部長の挨拶が終わり、合同訓練の時間が近づくにつれて一層訓練生たちの熱気が上がっていく。ウィルはそれを肌で感じて、自身も言葉に出来ない高揚感に満たされていくのがわかった。
開式を終え、その場で待つように訓練生たちに指示が飛ぶ。
ここからはそれぞれのポジションによって分かれて訓練を行うため、ヒューズとはここでお別れのようだ。

「…フレディ・マックス…ウィルフレッド・ブラッドバーン。よし、これで全員だな。俺は●147チームのフェリックス・エリオットだ。君たちと同じように後方支援を行うポジションを担っている。これからの訓練の責任は俺が負うから、怪我はするなよ」

エリオットは頼れる兄貴分といった風体で、豪快に笑った。7名のスナイパーたちはみな恐縮し切っている。

「じゃあまずは射撃場へ移動しよう。っと、地図をもらったんだが俺は動き回る方じゃないんでね…。えっと、…誰かわかるやつ、ウィルだったか、このA-58の射撃場へ行きたい、案内してくれ」
「はい」

案内したA-58の射撃場は遠方射撃専門の射撃場であるため、縦に長くほかの訓練場から少し離れたところにある。到着するとそれぞれ自分のライフルを取り出して、列をなすようにエリオットの前に並んだ。

「じゃあ、…とりあえずお手並み拝見ということで、見せてもらおうか」

一同が声を揃えてハイと答えると、エリオットは訓練生たちが真面目なのを面白がるように笑った。

「全く、陸軍ってのはみんな真面目なのかねえ。よし、じゃあまずはそれぞれ1セットやってもらおうか」

そういうと訓練生たちはそれぞれのレーンにライフルとともに入った。動く的を50mの距離から狙撃する。15分間で100の的が入れ替わり現れるのでそれを何発当てられるかを競う。

「みんな準備できたかー?」

エリオットの声に、全員が声を揃えて返事をした。エリオットはまたそれに少し笑いながら、レバーを引いた。
レバーを引くと全員の的の表示にカウントダウンが表示され、0になると同時に射撃演習が始まる。

「よし、君たちの健闘を祈る!」

その声と共に、一斉に射撃が始まった。

 

そのあといくつかの訓練をこなし、午前はすべての行程を終えた。
昼食を食べ13時になると、午後からの実践演習に備え最初いたグランドに一同集合していた。
ここからは異なる役割を持ったメンバーを揃え、実践と同じように隊を組んで演習を行う。

「これからうちの者が該当者を呼びにいくから、それまでその場で少し待機しておいてくれ。悪いな、不手際ばかりで」

レイフがマイクでアナウンスをした。陸軍の訓練生たちは言われたとおりじっとその場で待機している。そこへT-SATから派遣された隊員たちが訓練生のフルネームを呼びに来て、呼ばれたものから各部隊に入る形だ。

「ウィルフレッド・ブラッドバーン」

緊張の中、姿勢を崩さないように待っていると今日よく聞いた声が自分の名前を呼ぶのに気づいた。顔を上げて返事をすると、エリオットが人懐こく笑いながら近づいてくる。

「また俺で悪かったな。よろしく頼むぜ」
「いいえまさか!こちらこそお願いします」

午前の訓練で見せてくれたエリオットの狙撃の腕は、スナイパーとして訓練を積む8人にとって憧れそのものになった。狙いを定める速さ、確実に急所を見定める知力、そして必ず仕留めるその腕はさすがと言わざるを得ない。

「じゃ、この名簿にあるメンバー集めて来てくんねえかな、ちょっと打ち合わせがあるもんで」

そういって手渡された紙には同じ陸軍の隊員たちの名前が並ぶ。そこにはヒューズ・ブライアントの名前もある。ウィルはヒューズの元に駆け寄り、手分けをしてメンバーを揃えた。

「それで、エリオット隊長は?」
「打ち合わせに…」

訓練生が全員集まったところで辺りを見回す。するとレイフと話をしているエリオットを見つけた。

「あ、まだ打ち合わせ中かもしれないな…」

そういったところでこちらをふと見たエリオットと目があった。
そうするとエリオットも全員集まったのに気がついたのかレイフに挨拶をしてこちらへ駆け寄って来た。

「悪いな、遅くなって。あ、自己紹介をしよう。俺はフェリックス・エリオット、T-SAT●チームののスナイパーだ。これからの演習では稚拙ながら君たちの隊長を務めさせてもらうから、宜しくな」
「ハイ!」

集められた訓練生5名は皆揃えて返事をした。それを見てまた、エリオットが笑う。

「じゃあまずは、それぞれの自己紹介を頼む。この中で訓練生同士、知らない奴らはいるの?」
「いえ、全員顔見知りです」

ウィルが率先して答える。

「そっか、なら俺に向けてになっちまうな…。悪いけど簡単に宜しく。合コンじゃないんだ、キメる必要ないからな?ラフに、…こう自然体に頼むよ。じゃ、君からいこうか」
「ハイ!ヒューズ・ブライアント、陸軍第一小隊所属、」
「ちょっと待ち。さっき言ったこともう忘れたか?ほら、ヒューズ、もっと気楽に行こうぜ。背中任せるモン同士仲良くなくちゃ、信頼も出来ねえだろ?名前と年齢、あと…そうだな、恋人の有無なんかも言ってみるか?」

そういってエリオットに背中をポンと叩かれると、ヒューズは照れて笑った。そして大きく息を吸ってもう一度言い直す。

「ヒューズ・ブライアント、20歳です。…えっと、恋人は20年間ずっといません!」
「よしよし。次、ネビック?」

手元のリストを見ながら、エリオットが指名する。

「はい!ネビック・ゲイリー、同じく20歳で恋人は枕です!」

エリオットは笑いながら楽しくそれぞれの自己紹介を聞いているようだ。
エリオットには人に好かれる気の良さと後輩を惹きつける安心感がある。ウィルは、将来自分もこんな風にして後輩をもてなすことができるだろうかと考えた。
鼓舞したり叱咤したりする以外の方法で、後輩と信頼関係を築く方法を見せてくれるエリオットが、酷く尊い存在のように感じる。

「ほら、最後。ウィル?」
「ハイ、ウィルフレッド・ブラッドバーン、20歳。恋人はライフルです」
「ハハ!お前らしいな!そうでなくちゃ」

エリオットから特大の笑いを引き出すことに成功したようだ。エリオットがぐっと背伸びをして訓練生たちの顔を一通り見た。

「じゃ、行くか」

ウィルはその場であたりを見回したが他のどの隊よりも足並みが揃ったように感じた。T-SATのメンバーはレイフだけでなくみなカリスマ性を持っているように見える。自分もいつかそんな風になりたいと、さっきから羨望や憧憬、それに類似した感情が胸に押し寄せて耐えない。それは幸せでもあり苦しくもある。

「じゃあ、まずは戦略でも練っていきましょうかね」

エリオットの声に一同が引き締まる。ウィルも真剣に告げられる動きに耳を傾けていた。

「ウィル、索敵班の動向もよくチェックしておけよ」
「ハイ」

演習開始から二時間ほど経っただろうか、エリオットチームの侵攻班近くで銃声が響いた。
索敵班のネビックとヒューズ、スナイパーとして後方支援のウィルとエリオット、侵攻班のダンとデリク。それぞれ二名ずつ一つの班になって戦場での役割を担う。
索敵班は敵の位置を探り、仲間が負傷することのないようアシストするのが仕事。接近攻撃の要となる侵攻班はその情報を元に歩を進め、スナイパーはそれを支援しつつ自らも攻撃を専門として侵攻班とともに双璧をなす。
索敵班は主に侵攻班のアシストを行うため、スナイパーは自ら安全な場所を確保しなくてはならない。だから逆読みをして索敵班の現在位置から敵の位置を割り出す能力も要される。

「敵がいたら迷わず頭を狙え。いいな?訓練弾だから躊躇うことはない」

ウィルはエリオットと並んでライフルを構えているが、エリオットは後ろを気にするそぶりを見せない。すべてを聴覚に任せているのだろう。
「ハイ」
ウィルが頷いたところで耳元の無線がザザ、と音を立てて通信を拾った。
”こちら索敵班ヒューズ、エリオット隊長、ウィル、敵の一部がそちらに気付いて狙いに行った模様です。ご注意願います”

「はいよ。ウィル、移動するぞ」
「わかりました」

エリオットは軽々と重量のあるライフルを担いで段になっている斜面をトントンと降りていく。全くあたりを警戒する様子はないが、警戒していないということはまずないだろう。ウィルはその後を追う。少し進んだところでエリオットがピタリと歩を進めるのをやめ、少し離れたところにいるウィルにハンドサインで敵在りと示した。そして手にしていたライフルを立ったまま構える。
ウィルは内心慌てた。あのライフルは通常接地で使う。その衝撃を立ったまま受け止めるなんて想像したことがなかったからだ。だが声をかける間も考えを巡らせる間も無くエリオットが二発、敵に素早く撃ち込んだ。ドサリと葉の上に人が倒れる音が続けて聞こえたから命中したのだろう。

「エリオット隊長そ、」

言いかけてエリオットの前方に同じスナイパーが銃を構えているのが見えた。エリオットもそれに気づき振り返ったがそれよりも先にウィルのライフルが弾を放った。

「…さすがだな。サンキュ」
「…いいえ。それより、さっきの」

敵はなんとか落としたようだ。それにしても、エリオットがあのライフルを立ったまま使ったことに、まだウィルは驚きを隠せないでいる。

「ああ。T-SATはちょっと荒っぽい集団だからな」
「やっぱりそれ用に鍛えたりしたんですか?」
「いや、…だがまぁレイフ隊長と俺くらいしかやらないから、共通することっつったら体格くらいしかないんだろうな。お前も鍛えれば出来るさ」

そういってエリオットは二三度頷いた。

「ベックフォード隊長もやるんですか?」
「ああ。むしろあの人が最初だぜ。いまはやらなくなっちまったけどな」
「何故です?」
「他のやつが同じことをやって怪我したんだよ。責任感じてな」

二人は小声で話し続けながらも林間を歩いた。

「そうだったんですか…」
「確かに狙いはブレるかもしれねえが、俺らの敵相手じゃ動きの素早い奴もいるし、どこが安全かなんてわかりゃしない。だからわざわざ接地して使うよりずっと効率性も安全性も高いと俺は個人的に思ってるんだけどな」
「…オレもあなたみたいになりたいです」
「T-SATに来てくれるなら、考えるんだけどなー」

ニヤニヤと試すようにエリオットが笑う。そうしていてもあたりに神経を巡らせているのはウィルにもわかった。

「こんなこと言うのはいけないことだってわかってますが、…オレは国防、国益のために戦う陸軍より、世界の安全を守るために戦うT-SATへの尊敬の念の方が大きいです」

躊躇いがちに口にしたのは本音だった。自分の実力ではT-SATは遠い夢だが、最も尊敬するのはT-SATだった。

「言ってくれるねー。そんなT-SATも偉いモンじゃないが、でも人には恵まれてると思うよ」

そう語るエリオットの表情は柔らかい。それは本音なのだろう。
ウィルはさらにT-SATへの憧れを強めるのだった。