バスルームに誘わせて
久しぶりの二人での食事を終えると、フレディは立ち上がってコーヒーを入れた。今日は少し疲れているようだから、柔らかめのカフェオレにしよう。
マグカップを用意していると不意に後ろから腕を回された。
「フレディ、ありがとう。すごく美味しかったよ」
ちょうどへその辺りにアルフの手が握られている。首筋にかかるアルフの吐息がくすぐったくなり、フレディは少し体をよじった。
「こちらこそ、お粗末様でした。あんなに幸せそうな顔で食べてもらえて本当に光栄です」
フレディが真剣な顔でそう言うと、アルフは彼の頭に手を置いて笑った。
「俺は世界一の幸せ者だな」
アルフの心底幸せそうな笑顔を見てフレディも胸があたたかくなった。アルフは正直者だ。思っていることが全て表情に出る。
フレディはお湯の湧いた音を確かめて、電気ポットに手を伸ばした。
「オレの方が幸せでしょう。わが組織の英雄と一緒にいられるんですから」
思わず本心から出た言葉だったが、アルフは少し不満そうにした。過去の実績から、組織の中でアルフを英雄扱いするものも少なくない。もちろん組織に入った当時のフレディはそんな彼を尊敬していたし、本当に英雄だとばかり思っていた。でも、彼はそう呼ばれるのが好きでないようだ。もう歳も若くないのに表情だけは子どものようで、フレディは慌ててその言葉を訂正する。
「勿論、それだけじゃないですよ。アルフ、あなたのような心から愛せる人と出会えたのがもう奇跡みたいだ」
フレディが言い聞かせるようにことさらゆっくり話すとアルフはちらりとフレディを見て笑顔になった。本当に表情豊かな男だ。
「そんなことより、風呂に入らないか」
アルフがそう言うのと同時に、フレディはマグカップにお湯を注ぎ終えようとしていた。フレディの動きが固まる。アルフはその様子を見て首を傾げた。
「ちょっと遅かったみたいだな、風呂に入っている間にコーヒーが冷めてしまう」
「いや、入りましょう。というか、あの、一緒に入っていいんですか?」
フレディは赤面している。アルフはそんなフレディを見て赤面がうつったようで、二人して頬を染めた。
「何を言うんだ今更。普段は皆で入っているじゃないか」
「いや、あの、そうなんですけど。こう、二人きりで入るのって、あの、初めてなので、つい」
しどろもどろになるフレディを見てアルフも慌て始める。頬は赤く染まったままだ。
自然に誘うはずだったし、フレディだって自然と受け入れてもらえると思っていた。フレディがこんなに恥ずかしがるとはアルフにとっては少し意外だった。
「いや、あーその、フレディ、……お前が嫌ならいいんだ」
「とんでもない!一緒に入りましょう!」
アルフが眉をひそめるとフレディが手を握ってきた。アルフは思わず握り返す。
「…広くて自慢のバスルームなんです」
「…わかった、それなら先に待っているよ」
何度かフレディに風呂を貸してもらったことがあるが、確かに広くて素敵なバスルームだった。そういうところに無頓着なアルフは、こんなところにこだわるのかと新しい世界が開けたような気分になったのを覚えている。
「承知しました、バスタオルなどはこちらで用意します」
急に改まった言葉遣いになるフレディを微笑ましい気持ちで見る。女にモテそうな顔立ちの割りにはウブで、いつも真っ直ぐな彼を見ていると心が洗われるようだ。
「ああ、頼むよ」
アルフがそう言ってバスルームに姿を消すと、フレディは大きくため息をついた。胸が高鳴ってうまく呼吸が出来ない。こんな気持ちになるのは久しぶりだ。
アルフが言うように、普段訓練の後なんかによく部隊の皆でシャワーを浴びる。男同士の裸の付き合いというものだ。しかし、あのアルフと二人きりで、しかも自分の自慢のバスルームでともに時間を過ごせるなんて思ってもみなかったことだった。
今までは、何度か泊りに来ても一緒にシャワーを浴びたことはないし、それが普通だと思っていた。
「こんな日が来るなんて」
フレディはぼそりと呟くとカフェオレもそのままに、バスタオルを探し始めた。